「くーっ!上手い ‼︎ 」

味噌汁のお椀両手に持たまま感動してる。大袈裟な態度にポカンとしてしまった。
夜が明けて、私達は三人で朝食のテーブルを囲んでいた。

「女性の作った味噌汁久しぶりに飲んだけど、やっぱ美味いですね〜。羨ましいですよ三浦さん、こんな上手い物、朝から食えて」
パクパク美味しそうに食べてる。嘘を言ってるんじゃないと思ってはいるけど…。

「こいつ、半年前にシングルに戻ったから、家庭料理に飢えてるんだよ」
ダイさんに笑われて罰の悪そうな顔してる。どうやらホントらしい。

「ご結婚…されてたんですか?」
恐る恐る尋ねた。夕べあんな事があって以来、初めて口を聞いた。

「一応、半年前までは。今は独身です」
なんだか威張って言ってる。その態度が妙におかしかった。

「あの…どうして別れたんですか?」
気が緩んで、何となく聞いてしまった。そんな私を二人が見た。

「美里…それ聞く?」
ダイさんの言葉にハッとなった。

「ご、ごめんなさい!つい…」
悪い癖。なんでも聞いてネタにしようとする。
松中さん笑ってる。呆れられたと思ったらこう付け足した。

「妻に逃げられたんです。男ができて」
何でもないような顔してる。その様子にこっちの気が咎めた。

「ごめんなさい…私、変な事聞いてしまって…」
しょぼん。食事の手止まった。そんな姿見て、松中さんの方が気を遣った。

「いいんです。もう済んだ事ですから」
大人な態度で笑ってくれてる。まるで、あっちの方が年上みたいだ。

「三浦さん、俺らみたくならないで下さいね」
肘突ついてる。呆れたような顔して部下を見てた彼がこう言い返した。

「お前んとこと一緒にすんな」
自信あり気な態度にチクっと胸が痛む。夜中にあった事を話せずにいる私の気持ちも知らずにいる彼に、顔向けできない気分だった。
朝食が済んで、仕事へ行く準備をしているダイさんの目を盗むかの様に、松中さんがキッチンへ来た。

「夕べはすみませんでした…」
申し訳なさそうに謝ってる。彼が悪いんじゃないと分かってるだけに、何も言えなかった。

「でも…いいんですか?今のままで」
心配そうに問いかける彼の言葉に振り返った。

「このままでいるなら、また来ますよ」
にじり寄る彼に、ぎゅっと身が縮まる。頭の中で、夕べの出来事が蘇った。

「その時は、唇だけじゃ済みませんよ」
ギクリとする私に、不敵な笑顔を見せて逃げる。その背中に、ゾクッと恐怖すら感じた。

「じゃあ行って来るから」
靴を履き、ダイさんが顔を上げる。

ギクッ…
夕べの事が頭から離れなくて慌てて目を逸らした。

「い…行ってらっしゃい…」
まともに顔を上げられない私を見て、彼が一瞬無言になった。でも、何も言わずにドアノブに手をかけた。
カチャ。
ロックの外れる音に、思わず手を伸ばした。

「美里…?」
シャツをつまんで引っ張ってしまった。動けなくてダイさんが困ってる。でも、どうしても手離せない。

「三浦さん、俺先に行ってます。ごゆっくり」
ドアを開け、松中さんが出て行く。ホッとしていい筈なのに、いつまでも怖かった。

「美里、どうした?」
向き直り、顔を覗き込む彼と目が合わせられない。隠し事が心に重くのしかかる。

「美里…?」
堪り兼ねたように彼が顎を押し上げた。ギュッと目を瞑る。その瞬間、彼がぶつかってきた。

「う…んっ…‼︎」
無理矢理唇を押し付けてくる。こんなキスは初めてだった。
(く…苦しい…)
息ができなくて、もがきそうだった。その途端、彼の唇が離れた。

「行って来る!」
怒ったように言い捨ててドアを開けた。
バタン…と閉まるドアを見ながら、涙が溢れてきた。

(ダイさんは…気づいてる…)
はらはらと涙が零れ落ちた。

(だからあんな乱暴なキスをしたんだ…)
身体中の力が抜けて、ズルズルと床に座り込んだ。
彼に嫌われてるかもしれないと思うと、どうしたらいいのか分からなくなって、心の中をグルグルと不安が駆け巡った。
一日中、彼の背中ばかり思い出して、何も手につかなかった。いつもなら、早く帰って来て欲しいと思う時間になっても、できれば今日は一人で居たいと思うようになっていた。なのに、今日に限って、彼の帰りは早かった…。

「ただいま」
仏頂面で入って来た。後ろめたい気分の私は、ビクビクしながら言葉を返した。

「お…お帰りなさい…」
声が震えている。ますます変に思われたかもしれない。

「編集長から仕事をするなって言われた」
そう言ったきり、理由も言わずに黙り込んでしまう。そんな彼を見ると、次の言葉が続かない。

「ゆ…夕食作るね…」
いつもなら、食事の支度はとっくに出来てる。でも今日は何も手につかず、これからだった。

(良かった…場つなぎがあって…)
ホッとしたのも束の間、ホントの沈黙はその後だった。
キッチンに立つ私と新聞を読み耽る彼。夕食の間も一切会話がなかった。
暗い気持ちのまま食器を洗う。背中を向けているダイさんに、言うべき言葉が見つからない。
胸の中はざわついて、どうすれば良いのか分からず困っているのに、この重い雰囲気を変える事すらできない状況だった。

パサッ…
新聞を置いた彼がこっちを見てる気がした。
夕べの事と今朝の事が頭にあって、まるで監視されてる気分だった。
もし彼に何か聞かれたら、なんと答えたらいいのか…。
いっそ何も聞かずに済ましてくれないだろうかと、都合のいい事ばかりを考えていた。

「美里…」
暗い声にドキッとして手を滑らせた。
カチャ…!
間一髪、落としかけた皿を受け止めた。

「な…何?」
ホッとしながら手を洗った。振り向くと、表情を固くした彼が立ち上がった。

「話がある」
短く言うと、私の手を取った。黙って歩き出す。その歩調に合わせて、歩き出した。
ダイさんは、自分の仕事部屋のドアに手をかけて立ち止まった。これまで一度も入った事のない部屋へ招き入れられ、私は少し戸惑った。