「岡本くーん、あれ? 聞こえてる?」
僕が黙っているので、幸村さんがからかうように回答を促してくる。聞こえていることはわかってて。
「……まぁ、岡本の考えてることはだいたい察しはつく。答えたくないのも分かる。でもよ、解剖室でまたおかしくなったらなんの意味もないだろ?」
正論だ。特に矛盾はない。だからこそ、余計に答えたくなかった。すると幸村さんは僕を焦らすことをやめた。
「岡本はこう思ってる。つまりそれは『やってみないとどうなるか分からない』、だろ? 認めたくないと思うけど」
「……」
理論的な正しさは僕にとって最も重要な情報だった。自分の気分だけでそれを否定はできない。でももう、それを試すだけの気力がなかった。もう、実験はうんざりだと。うんざりなのは、実験のその先にある、幸村さんとのやりとりも、だ。ここで失敗したら、幸村さんに抱かれる。そのことを考えるだけで心臓を掴まれるような苦痛がやってくる。僕の悪魔がまた息を吹き返して、幸村さんをたぶらかす。もうこんな提案をしている時点でたぶらかされてるんじゃないか!? こんな現実とも乖離してるようなコンディションの中で、これ以上の負荷など許容出来そうにない。
幸村さんはそんな僕の気持ちを察して、最も望まない提案をしてきた。
「まぁ、お前がしたくないのは良く良くわかるけどな、それでも今から……やってみないか?」
「は?」
「追試だ。清水さんがそばに居なくても発作が起こらない、それがどれだけ重要かって岡本もわかってるだろ?」
僕はあらん限りの勇気を振り絞って吐き出した。
「……もう……実験はイヤだ」
「そうだけど……まぁ悪かったよ。俺がもう少し早く気がついて、今日のミーティング前に岡本が自分ちで独りで実験してもらう提案してれば、こんなところでやる必要なかったんだ。でも、寺岡さんにはもう提案してOKもらってるしな。それに屍体は待っちゃくれないぞ?」
だからか! さっきの野獣がどうしたっていうあれは。クソが。いや、この人らは僕のことを心配して言ってくれている。それもわかるだけにどうしたらいいのか全くわからない。
「すぐに帰って来ますよ、二人とも」
「いや、それがさ、なかなか面倒なことになっているみたいで、しばらく帰れないから、1時間は実験の猶予があるそうだ。さっさとあの本持ってきてやらないか? もし発作が出たら、俺がちゃちゃっと抜いてやれるし」
「そういうことじゃない」
「そういうことだろ。もう慣れてんだろ? 俺に抜かれんの」
「そうじゃない!」
わかっている。これが幸村さんのスケベ心でもなんでもないということも。だが、僕は怖すぎた。清水センセがそばに居ないというだけでなにもかもが振り出しに戻ってしまうことが。
僕が黙っているので、幸村さんがからかうように回答を促してくる。聞こえていることはわかってて。
「……まぁ、岡本の考えてることはだいたい察しはつく。答えたくないのも分かる。でもよ、解剖室でまたおかしくなったらなんの意味もないだろ?」
正論だ。特に矛盾はない。だからこそ、余計に答えたくなかった。すると幸村さんは僕を焦らすことをやめた。
「岡本はこう思ってる。つまりそれは『やってみないとどうなるか分からない』、だろ? 認めたくないと思うけど」
「……」
理論的な正しさは僕にとって最も重要な情報だった。自分の気分だけでそれを否定はできない。でももう、それを試すだけの気力がなかった。もう、実験はうんざりだと。うんざりなのは、実験のその先にある、幸村さんとのやりとりも、だ。ここで失敗したら、幸村さんに抱かれる。そのことを考えるだけで心臓を掴まれるような苦痛がやってくる。僕の悪魔がまた息を吹き返して、幸村さんをたぶらかす。もうこんな提案をしている時点でたぶらかされてるんじゃないか!? こんな現実とも乖離してるようなコンディションの中で、これ以上の負荷など許容出来そうにない。
幸村さんはそんな僕の気持ちを察して、最も望まない提案をしてきた。
「まぁ、お前がしたくないのは良く良くわかるけどな、それでも今から……やってみないか?」
「は?」
「追試だ。清水さんがそばに居なくても発作が起こらない、それがどれだけ重要かって岡本もわかってるだろ?」
僕はあらん限りの勇気を振り絞って吐き出した。
「……もう……実験はイヤだ」
「そうだけど……まぁ悪かったよ。俺がもう少し早く気がついて、今日のミーティング前に岡本が自分ちで独りで実験してもらう提案してれば、こんなところでやる必要なかったんだ。でも、寺岡さんにはもう提案してOKもらってるしな。それに屍体は待っちゃくれないぞ?」
だからか! さっきの野獣がどうしたっていうあれは。クソが。いや、この人らは僕のことを心配して言ってくれている。それもわかるだけにどうしたらいいのか全くわからない。
「すぐに帰って来ますよ、二人とも」
「いや、それがさ、なかなか面倒なことになっているみたいで、しばらく帰れないから、1時間は実験の猶予があるそうだ。さっさとあの本持ってきてやらないか? もし発作が出たら、俺がちゃちゃっと抜いてやれるし」
「そういうことじゃない」
「そういうことだろ。もう慣れてんだろ? 俺に抜かれんの」
「そうじゃない!」
わかっている。これが幸村さんのスケベ心でもなんでもないということも。だが、僕は怖すぎた。清水センセがそばに居ないというだけでなにもかもが振り出しに戻ってしまうことが。



