僕を止めてください 【小説】

「ええ、それは変わらないです。本当に殺してくれる約束なんて、この世界では稀有なことなんですから。殺して欲しい、も、殺してあげたい、も、狂ってます。だから先生には本当に感謝してもしきれません。僕に出来ることだったらいつでも恩返しがしたいです」

 それ以前に、幸村さんにこの互いの欲求がバレている時点で、清水センセの家でこのために二度目の実験をしたのだ。

「それに、実験もしました。清水センセの決意は変わらないですが、今は警察官の幸村さんに知られている時点で、止められて殺せないかも知れないという事態になってます。事故で半身不随になんかなんなくても、今まさにそんな状況です。そんなあやふやな状態でも僕の発作が無くなってるかどうか。清水センセと幸村さんの立会のもと、僕はこの本で発作の有無を確認しましたから」
「そんなことやってんの? 頭狂ってんなぁ、あんたらさぁ!」
「二人にも反対されたけど、僕が確かめたかったんで」
「あっそ」
 
 呆れた様子で寺岡さんは天井を見上げた。

「でもさぁ、清水さんが裕を殺したいというのは、裕の為を思ってるの? それとも裕の屍体が欲しいの?」

 僕の話を聞いた寺岡さんは鋭いところを突いてきた。

「それは独占欲ではないの?」
「どうでしょうか。すべて裕くんのためですが、それがなぜか僕の欲望を満たしてしまうのが奇跡的なことだって思ってます。都合よく聞こえるのは承知です」
「ああ、そう」
「でも、裕くんが楽になれることが最優先事項です。もし、最悪裕くんの屍体と離れ離れになってしまっても、裕くんが幸せならそれで良いです。あ、もちろん今は裕くんには殺さないでって言われてるので、裕くんの意向には100%従います。でもこれって裕くんが僕を殺人者にしたくないっていう自分を犠牲にした優しさなので……本当に申し訳なく思ってます。僕はそんなことどうでも良いって言ってるのに。裕くんは優しすぎて……よく泣いてしまいます」
「あぁそうだね」

 寺岡さんはソファにもたれてそれを聞きながら、目を閉じて一定の間隔でうなずいていた。相槌は若干棒読みになっているのかもしれない。

「殺すことは快楽?」

 寺岡さんが再び清水センセに尋ねた。

「裕くん以外に僕はだれも殺しません」
「それは快楽なのか?と聞いてるんだけど」

 寺岡さんは逃げ道を塞ぐように質問し直した。

「それは裕くんを殺してみるまでわからないことです。でも殺す快楽を得たいと思ったことはないです、今まで」
「あぁそう……へぇ、そうなんだ」
「だって、苦しんでる裕くんをそのままにしておけるんですか? 屍体をもとの屍体に戻すことで快楽を得られるんでしょうか? それは安寧とか静寂とか言われるものなんじゃないんでしょうか。そしてそれもただの推察に過ぎませんし」