僕を止めてください 【小説】

「ちょっと、あの、寺岡さんには先生に世話になってると言ってあるんで、そんな謝ることないですから」
「それは違うよ裕くん。どこまで僕のこと話してくれたかわからないけど、裕くんの大事な人には到底顔向けできないって」
「良いんですよ。ここまで来たからにはとにかく頭を上げて下さい。顔が見えないし、イケメン好きの寺岡さんがそろそろ焦れてるみたいなんで」
「裕、しばらく会わない間にそんな気の利いたこと言えるようになったの! 感動だよ! そうだよ、清水さん! とにかく一旦ここに座って下さいよ。私だって裕には頭が上がらないし、やっちゃいけないことやってる大先輩なんですからね。同じ穴のムジナ同士ざっくばらんに話したいだけなんですよ、私は。時間は限られてるし、コーヒーも頼みたいし、ね?」

 直角に曲がっていた清水センセが慌てて真っ直ぐになり、大先輩が僕ににっこり微笑んだので、棒立ちの清水センセのそばに行き、袖を掴んでソファまで引っ張ってきた。

「はい、そこに座って下さい」
「……ありがとうございます」

 清水センセはようやく着席した。その様子をニヤニヤしながら寺岡さんが眺めている。なにか良からぬことを考えているに違いない。
 しばらくして、高そうなコーヒーカップと銀色のポットがワゴンで運ばれてきた。ルームサービスがエレガントにポットからホットコーヒーをサーブし、退室していった。無言で正面に座っている清水センセをおかずに、美味しそうにコーヒーを飲んでいる寺岡さんが何も変わっていない。僕の観察眼が無いのか寺岡さんがアマゾンあたりで若返りの秘術でも受けているのかわからないが、ほとんど見た目が変わっていない気がした。コーヒーカップをテーブルに戻すと、寺岡さんは足を組み直して急にシリアスな声で清水センセに尋ねた。

「清水さん、そのメガネは伊達めがねですか?」
「え? め……メガネ? 伊達?」
「度が入ってるかと聞いてます」
「ええ、もちろん。目は悪いですけど……なにか変ですか?」

 寺岡さんが真面目な顔して初対面の清水センセをからかっている。人の悪いことをする。まぁ、清水センセの緊張をほぐそうとでもしているのかも知れないが。