この人は僕のために、鶴の機織りのように自分の羽根を抜いて抜いて抜きまくって、空っぽになって息絶えたいかのように見えるときがある。僕が自分の存在をこの世から消したいように、この人も僕のようなひとでなしに人生を貢いで命を使い切ってしまおうとしている。自覚は無い。僕に見えるだけ。
(おい、裕。黙ってないでなにか言ったらどうなんだ? いつもおまえは僕がどうにも出来ない事態をほんの一言で覆してきたじゃないか?)
僕は初めて心の中で小さな裕に問いかけてみたが、彼の声は何も聞こえなかった。僕はそっとソファから離脱した。清水センセは気持ち良さそうにうたた寝したままだった。僕は彼の寝顔を確かめてから携帯を握りしめ、静かに玄関から外へ出た。
「おう、どうした? 珍しすぎて悪い予感しかしねーんだけど?」
むこうも外にいるのか、受話器の向こうで幸村さんの声が風の音と重なって聞こえてきた。
「まぁ、当たってます。いま、電話大丈夫ですか?」
「ちょっと待て。寒ぃから車ン中入るわ」
車のドアを開けただろうのちにバン! と閉まる音がした。
「はいはい、どした?」
「監視、してないでしょ」
「さすがに正月だぞ」
「僕が清水センセんちに居ても?」
「三が日くらい頑張れや〜。それとも俺が見てないと淋しくて泣いちゃうか?」
「一線を越えちゃったんで……」
「ええぇ!?」
ふざけ半分だった幸村さんの口調が、一気にマジなトーンを帯びた。
「セックスしたのか」
「しません」
「あのな……お前らはなにをもって一線と言うんだ?」
「決まってるでしょ」
「え……マジでか」
「ええ、僕が全部悪いんです。清水センセのせいじゃない」
「でもお前、まだ生きてるぞ」
「……落とさせました、頸動脈」
「そっちか」
「ごめんなさい」
言いにくいことをためらいながら告白する。そう驚いていない幸村さんの反応に、まあそうだろうなと思った。
「やりやがったな」
「幸村さんのやってたことの意味がわかったんだ。無くなってわかった」
「あれが効いてたとは恐れ入ったよ。で? なんて言った? 清水さんになんて頼んだんだ?」
「殺してくれなんて、言えるわけないじゃない」
「言わなかったんだな?」
「言わない! 言えるわけない……」
「それ言ってたら、今から行ってお前の顔グーで殴ってたわ」
「だけど、言わなくったって……僕はそそのかしたんだ」
「落とせってか」
「そうだよ……首を絞めさせた。泣いてすがって」
はぁ、とため息が受話器の向こうから響いた。少しの間のあと、幸村さんは気を取り直したような声で言った。
「例の教授先生に連絡つけたぞ。日程決めたからな。次の土日だ」
「……良かった」
膝から力が抜けた。自分が緊張していたのがわかっていなかった。



