「まさか、ザーメン臭いから風呂入ってこいって、僕が思ってるって思ってたってこと?」
「違うんですか」
「違うよ。拭いただけじゃ裕くんが気持ち悪いかもって思ったの。それと気分転換。いやぁ、人が何考えてるか察しろなんて無理だな。諦めよう」
そう言うと両手に乗せたパン皿をカウンターに並べながら、清水センセは僕に朗らかに尋ねた。
「じゃあさ、丸まってたのは射精しちゃった罪悪感なの?」
「違います。もうしないって思ってたことをやってしまったから、です」
「君が許可してないときは殺さないよ」
「落としたら死ぬ可能性があるんですって!」
「死なせないって! それでも、もし君が死んでしまったとしても殺人にはならない。その行為で殺意は証明できないよ。せいぜい過失致死だね。それに僕には回復する手段を準備してる。殺意の否定だね。それに確か、過失致死罪は罰金だけじゃなかったかなぁ。それに、屍体の君と過ごせる至福の時間を思ったら、もうなんでも良いよ。出来る限り一緒に暮らして、バレたらその時考えるさ」
「そんな……」
「お昼にしよ。スープが冷める。あ、君は冷めたほうが良いか」
清水センセが問答無用で椅子を引き、執事のような慇懃さで僕に微笑んだ。僕は席に着いた。サラダにトマト色のスープ。なんという料理だっけ? そしてマーマレードにピーナツバター。例のアメリカ式なんとか。
食べ終わって、僕が自発的に食器を洗い、清水センセはその間にまたコーヒーを淹れた。一日に何倍飲んでるんだろう?
僕が洗い物を終えてリビングのソファに戻ると、清水センセはソファで斜めになって眠っていた。テーブルには半分になったコーヒー。背もたれに掛かっているハーフケットを清水センセの首から下にそっと掛けた。半開きの口、掛けたままのメガネ。僕を待っているうちに不可抗力で眠りに引きずり込まれたのだろう。一日や二日の休日と熟睡で、彼の疲労困憊が取れるわけもない。コーヒーのカフェインすら何の効力も無いのがわかる。そんな彼に先ほど僕は、自分の独善的な渇望で彼をそそのかして、強烈な負荷を掛けたのだ。昨日まで僕は、僕が居たほうが清水センセが回復するなんてことすら考えていた。それがこのざまだ。それでも彼は言うのだろう。“君のせいで疲労困憊しても、疲労困憊できることが幸せだ”とかなんとか。



