「いえ…持ってないですが…」
「貸そうか? 利用者の忘れ物で1年経ったのなら貸せるよ? あと10分で閉館だから」
それを聞いて、ようやく僕はこの人が図書館のスタッフなんだと気づいた。
「あ…ありがとうございます。助かります」
「まぁ、傘があってもこの暴風雨じゃあ無駄かもね」
彼はそう言うと笑った。そうかもですね、と僕は相槌を打った。
「では今日は本を借りないで帰ります。濡れるといけないので」
「ああ、それは助かります。たまに本濡れは買いなおさないといけないこともあって。ちょっとここで待ってて。傘もって来てあげる」
そういうと男の人はカウンターの中に消えていった。こんな風に人と話すことが殆ど無いので、僕は不思議な気分だった。再び出てきた男の人は真っ黒なこうもり傘を腕にかけて僕の前に現れた。
「はい、これもう壊れかけてるから、もしこの風で骨が折れてもいいよ。そっちで処分しても」
壊れかけていると聞いて、僕は少し傘に親近感が湧いた。僕が差して帰ったら風で完全に壊れるのかも知れない。パッと見て、どこが壊れているか見当がついた。
「閉まらないんですね、このワンタッチの…ここ壊れてますね」
「よくわかったね。だからベルトで止めないとジャンプして開いちゃう」
閉館の音楽が鳴り始めた。
「今度、とっておきの本貸してあげる。君は絶対好み。晴れた日にね」
「え?」
「僕の本だ。図書館の本じゃなくて…」
なぜそんなことを言うのかよくわからなかった。でも、何かを貸してくれるらしい。とりあえず社交的に、ありがとうございます、と、お礼を言った。そして雨の中を帰った。



