「想像しちゃったの? 君の中の骨が砕かれるの」
「バカ……みたいです」
「……砕いてあげたいよ」

 僕は言葉もなく微かにうなずいた。そして彼の服を握り締めた。

「言ってくれれば。君の言ったとおりにする。全部君の言ったように」

 どうしようもない。我慢していないの?という彼のさっきの質問が僕を嘲笑う。なんて愚かなことを言ったのだろう。本当にバカじゃないだろうか。

「言えません」
「裕くん、裕くんは優しいね。ありがとうね、僕は嬉しい。でも同じくらい悲しい」

 噛み締めた奥歯が微かに痛んだ。我慢するんだよ。これが我慢。そして。ギリギリの選択だけがドス黒く眼の前に突き付けられる。清水センセが僕の背中をさする。そしたら、もう、ダメに決まってるじゃないか。不意に、幸村さんが監視していないことを思い出す。誰もこの行為を、僕と清水センセのあいだを、割って入るひとはないのだ。その認識が意表をついて焦燥を加速させた。

「……落とされたいなんて、言えるわけ、ないでしょ」

 堪え性がないんだな。そんな取り返しがつかないことを言ってしまうなんて。
 いや、あの顔を見たんだ、僕は。恍惚に染まったあの

 あの卑怯な男の震える指を僕は忘れられない。

「それで良いの? それで満足出来るの?」

(裕君……君はコレでは死ねないよ……死ねたらいいのにね)

「それだって……死ねないんですよどうせ」

 でも、射精する僕を清水センセは耐えられるのかな。

「いや、やっぱダメです。僕、射精するから」
「いいよ、僕は大丈夫」
「最低ですね、僕は。吐き気がする」
「忘れたの? 命に関わるようなことは回避できる。準備はしてあるんだ。いつでも回復できる。だって僕たちは間違ってるんだろ? でもその間違いに賭けたのが僕たちじゃなかったの?」

 もう言葉にはならなかった。僕たちの頼るものはこの世にはないのだ。そして気づく。あの監視人は僕のストッパーにもなっていた、という事実を。そう、彼の服を握っていた指が縋り付くように震えている。それをわからない人ではないのに、それを僕が止められない。僕の背中をさすっていた清水センセの手が消えた瞬間、いつの間にかその指があそこに巻き付いていた。

 そこからは早かった。電光石火のごとく僕の身体はソファに打ち付けられ、叫ぶと同時に同時に首が絞められていた。

「だめっ! ダメだって!」
「大丈夫」
「だめ……ぁ…ぁぁぁぁああああああああああ」

 どんな罪悪感も吹き飛ばすほどの快感が襲ってきた。今までのものとは比べ物にならないほどの。みなぎった殺意に裏付けられた迅速で正確で確実な圧迫。
 殺意。救済。死。安堵。完璧なまでのそのプロセス。射精したのかさえよくわからないほど。

 やさしい声が聞こえた。

「大丈夫」

 すでに意識が無くなっていたことに気づかなかった。