幸村さんへの恨みを解消できていて良かったと、昨日の今日でまさにそのかいつまんだ話をしながら僕は安堵していた。多少はマイルドに話そうという気になっていたからだった。それに、清水センセにも「岡本にすまないことした」と言っているのも加点対象である。
話の途中からむくっと清水センセは起き上がった。うつむいたままで、視線も動かなかった。怒っているのかと推測した。幸村さんに腹を立てているのかも知れない。僕が手錠でドアノブに繋がれ、眼の前に屍体の写真の束が置かれたというところでうつむいた顔がさらに項垂れた。さすがに心配になった。
「……あの、先生、続けても大丈夫ですか?」
返事がない。ソファの隣に移動して顔を覗き込むと、僕から顔を背け、苦い顔をした。
「やっぱり、人に話せるようなことじゃなかったですね……やめます。もう僕は、許してるし」
「……そんなことされて、許したの?」
「まぁ、昨日、ですが」
「え」
「昨日まで根に持ってました」
「そうなるよね普通」
「でも、昨日とうとう自らの非を認めたので。謝罪を引き出しました。勝訴です」
「で、許したのか」
そして、また項垂れたままでため息をついた。
「勝てない」
「え? 誰にですか」
意外すぎる感想に意表を突かれる。
「君たちの関係に」
「どういうことで?」
「こんなメチャクチャなことある?」
「フツーは無いでしょうね」
「だからだよ。リンチだよ?」
「まぁ……でも、それを言うなら、あの動画を見せられてセカンドレイプみたいになってからの先生との関係値というのも互角ですよね。いや、勝ってるかも」
批判をするつもりもなく、思わず事実を事実で受け答えてしまった。それを聞くなり清水センセが文字通り頭を抱えた。
「ああ……あぁ……そうか、そうなるね」
「言えませんけど。幸村さんには絶対に」
「わかった。もう聞かない。その話、やめよう」
そして仰向けにまた倒れた。
「僕も、幸村さんも、何やってんだよ……」
「死人に耳なしですよ」
「それを言うなら、口でしょ」
「見ざる、言わざる、聞かざる、です。あ、死人じゃないか。死猿ですね、すみません」
「屍体に鞭打つとも言うよ」
「それは生きてる人のルサンチマンです。屍体には勝てないので」
「ルサンチマンをそんな風に使う人、初めて」
「間違ってはいません。生きてる人は淋しくて弱いんです」
ちなみにルサンチマンとは、弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、恨み・憎悪・嫉妬といったわだかまった感情のことだ。この際は弱者が生きている人、強者を屍体、という意味で僕は使った。
「言えてる」
「先生はそれ、知ってるでしょ?」
「うん」
「僕はきっとすごく強いんですよ。リンチもレイプも生きていればこそのダメージ、です」
「なら、僕の助けなんか要らない?」
「要ります」
僕は考えるまでもなく答えた。



