僕を止めてください 【小説】



 
 僕の話を聞き終わった清水センセは、しばし放心状態だった。遠い目をしながら、冷めたコーヒーをひと口飲んだ。そしてやっとこちらの世界に戻ってきたようだった。

「やだ」

 清水センセはひと言そう言って黙った。僕もそのひと言の感想にどう答えていいかわからなかった。ひとまず、フェイクが有効なことに安堵を覚えた。

「なにもかもが嫌だ」

 静かに怒りを込めて、出来事の全てに激しい嫌悪感を表している清水センセに、僕は答えた。

「僕の視点と彼の視点は違うから、仕方ないです。彼は独善的で利己的で、しかも正しかった。僕を殺してはいけないんですから」
「一番イヤなのはさぁ、この最悪の出来事がなかったら君に会えなかったってことなんだよ。わかる? この胸糞の悪さ」

 それは僕も同じだ。この出来事がなければあらゆる意味で今日の僕はいない。

「ええ。重々承知してますが」
「君に会えてしまった現在、その想いはもっとつのってる。何ひとつ欠けても僕はここで君とコーヒーなんか飲んでるはずもないんだ」
「そうですね」

 僕は苦笑した。口角を挙げたことがないので笑っていると見えないと思うが。

「奇跡なんです」
「だからといって、あの男の非道を肯定することは出来ないけどね」
「とは言え、先生がちょっとでもお母さんを許したように、僕もほんの少しあの男を許してます」
「……それを言われると……同意せざるを得なくなるじゃない」

 彼の怒りが少しづつ収まってきたので、僕は彼がもっと怒るであろう、小島さんとの関係を話すことにした。

「わかって下さって良かったです。それで、続きですが」
「ああ、そうか。話の腰を折ったね、ごめん」
「ああ、いいです。それで僕は、あの男に悪魔って言われました」
「そうだね。バカみたい」
「でもまだ死神って名前はもらってなかったんです。これからする話は、その後、僕が死神に格上げされるエピソードです」
「それはあの卑怯者には関係しないの?」
「間接的に関係します。あの、覚えてますか? 僕を試したハプニングバーにあの人が元自衛官の大きな男の人を呼んだってはなし」
「ああ……あいつより多少マシなドS」
「ええ。あの男と別れたあと、ぼくはその人に助けを求めたんです」
「なんで!?」
「発狂しそうだったから……殺してくれないのに、僕は性的に開かれたまま放り出されたので」
「やっぱりね」
「それをわかってた清水センセはすごいです」
「助けてあげたかった。僕がそこに居たら……すぐに殺してあげられたのに!」
「その時の僕ならなにも考えずに殺してもらってました。だから会わなくて良かったんですよ」
「そうかな……」
「そうですよ」
「わかんないな」
「まあ良いです」