僕を止めてください 【小説】



「変なお願い聞いてくれてありがとうね。昨日も今日も薬なしで本当によく眠れたよ」
「それは良かったです」
「途中で駄々こねてごめんね。裕くんはあれからもちゃんと寝れた?」
「寝たいだけ寝ました。朝は自然に目が覚めましたから。回復したんじゃないでしょうか?」
「僕もだよ。寝過ぎで腰が痛くなって起きた。まだちょっとダルいけどね。今日も一日ダラダラ何もしないで、早寝すると思う」
「そうですか」

 そこで少し会話が途切れた。二人で黙ってコーヒーをズズッとすすると、清水センセがカップの中を見つめながら僕に言った。

「聞かせて欲しいんだけど。昨日の続き」
「良いんですか?」
「良い。聞きたい。聞かせて」
「では話しますけど……あの、最初からあの男の話になってしまいますが、良いですか? 朝っぱらからするような話ではないので、聞きたくなかったら午後からでも……」
「大丈夫。大丈夫だから、朝とか昼とかいいから、早く君の口から聞きたいんだ。あの最低な男の妄言を早く君の声で上書きして欲しいんだ! それが望みだよ……ずっと、ずっとね」

 それを彼が望むのなら。あの懐かしくも愚かしい思い出の始まりはもちろん、あの土砂降りの夕暮れだ。幸村さんにどう話したかは忘れた。だが再び話すとわかる。本当に短い時間だったんだと。佳彦と僕が共有した時間は。

「……これが僕の覚えてる彼との記憶です」

 佳彦の身バレを回避するために、幸村さんにした話ではなく、フェイクを織り交ぜ些細な情報は省いた。結局僕は佳彦をまだ守ろうとしていた。佳彦を、というより、僕は清水センセをタガの外れた衝動的な清水センセから守らねばならないのだ。僕の恩人の清水センセはそれだけの行動力のある人なのだ。
 司書という情報は出さずに彼を説明する。“知らない人”と言ったその嘘をつき通さなければならない。だが、あの初対面の清水センセの告白で、佳彦自身が『出会ったのは勤務先』とか話したというようなことを言っていた記憶があった。そこをすり合わせる。それは僕の過去を話すと約束してからずっと考えていた。
 結論として僕は市民センターで出会った見知らぬ年上の男性として彼を改変した。もしも清水センセからツッコまれても、僕の自治体の市民センターは役所の出張所や図書室や運動施設などが複合してると説明すれば、そこのロビーで出会っても司書とは特定されにくいのではないかと考えた。それはそんなに不自然なフェイクでもなかったと思いたい。既に幸村さんに話した時点で、佳彦が未成年への淫行で捕まる可能性は生まれている。だがその佳彦を守る必要はない。僕以外にも散々鬼畜な所業をやってしまっている。それは自業自得だ。だが、彼が私怨で危害を加えられることと、清水センセが加害者になることはどうしても避けたかった。