彼は曖昧な返事を残し、フラフラしながらドアを出ていった。好きなら好きなだけ間を詰めてくる幸村さんや佐伯陸との物凄い違いを今更ながらに感じると同時に、彼の深い心の傷を思った。感情の起伏の激しいお母さんからどうしたら嫌われないように取り繕えるか? セックス抜きで。母親から犯されることで怒号とヒステリーから逃れた彼は、嫌悪極まりないセックスなしで祟り神を鎮静出来るのか怖くて怖くてどうしようもないのだ。前門の虎、後門の狼。早く僕を本当の屍体にしたいだろうに。そうすればすべて解決する……
 切ない推論を構築しているうちに、清水センセはちゃんと戻ってきた。ベッドサイドでもじもじしている彼に僕は何気ない風を装い、彼の枕を指先でポンポン叩いた。

「はやく……冷えるから…フトン入って下さい」
「うん」

 小さいころ母に言われたようにそう言うと、頭が冷えたせいか清水センセは案外すんなりとベッドに戻った。隣で壁と同化もせず、仰向けで布団を顎まで引いた彼を見て、ようやく落ち着いたことを確認するとホッとした。安心したら急激に意識が朦朧としてきた。

「せんせ……引き続き…寝ましょぉ」
「うん……ありがと」

 それ以上は意識を保っていることが出来なかった。死に限りなく似たこの眠りというものを僕は愛する。薄れていく意識の中で隣に横たわった彼の視線を微かに感じていた気がする。彼に眺められながらその隣で眠ることは、彼に殺されることに少し近い、かも知れない。


 翌朝はさすがに二人とも起床は早かった。前と同じで清水センセは朝から風呂に入り、僕も顔を洗って歯磨きをしてもまだ7時前だった。着替えていると洗面所からドライヤーの音が響いてきて、リビングに集合したのは7時を少し回ったところだった。キッチン前のカウンターで二人で水を飲んでいると、無表情の清水センセがボソボソと僕に尋ねた。

「朝ゴハンは?」
「どちらでも」
「あそう。僕はまだ食欲ないな」
「僕も空腹ではないですが、大丈夫ですか?」
「疲れすぎてるといつも食欲無くなるんだ。小さいときからそうだから。気にしないで」
「まぁ、慣れてるのなら良いですが」

 目も合わせずに清水センセは話を続けた。添い寝の件をまだ引きずっているのだろうか。