昼前に自宅に送ってもらい、幸村さんは素直に帰っていった。なんでも、親戚の集まりがあるとかで、そんな場所に参加するのかとちょっと驚いたが、幸村さんは、姪や甥っ子は可愛いぞ! と、フツーのおっさんめいたことを言って笑った。お年玉もやらなきゃならんし、世話になった伯父伯母にも会えるうちに会っておかんと、と。甥っ子姪っ子ということは、幸村さんには兄弟姉妹のいずれかが存在するんだろう。ひとりっ子の僕にはまたしても想像を超えた世界だ。身内にはゲイだってカミングアウトしてるんだろうか? していてもしていなくても後ろめたくないんだろうか? 仕事場では鬼でも身内にだけは弱いという人も居るらしいが、幸村さんがどんな私生活をしているのか、僕は訊いたこともないし、その発想は一切なかった。だいたい、どこのどんな家に住んでいるのかさえ知らないことに今更気づいているくらいだった。

 幸村さんと別れて部屋に戻り、そのままベッドに寝っ転がって身体を伸ばしているうちに寝落ちしていた。一時間くらい眠ったようだった。起きるとまだ晴れていたので、洗濯をしようと決めた。
 洗濯機を回しながら幸村さんのプライベートについての続きを考え始め、そして幸村さんの家に行ったことがないということに遅まきながら気が付き、そのことにゾッとした。それは小島さんの家に初めて連れて行かれた日に、彼が心中を図ったことを思い出したからだった。いやいや幸村さんはそんなことするわけがないだろう。これは僕のトラウマの恐怖であって、それを部屋に一度も行っていないというだけの共通点によって過去の出来事を幸村さんに投影してゾッとしているだけなのだと自分に言い聞かせた。しかしなんで幸村さんは僕の部屋にしか来ないのだろう。いや、幸村さんの部屋に連れ込まれてもそれはそれでマズいのだが。これは本人に訊いてみるしかないことだった。洗濯機の前に立ったままそのことをグルグル考えていると、部屋の方で携帯電話の呼び出し音が聞こえた。これはきっと清水センセだろう。ようやく病院から解放されたのではないだろうか。ベッドに移動している間にようやく幸村さんのことが頭の中から追い出された。ベッドに放り出された携帯の着信の表示は案の定清水センセだった。

「もしもし」
「裕くん、明けましておめでとう」

 第一声は思いがけなく新年の挨拶からだった。なんとなく「ようやく生きた人間から解放されたよ〜疲れたぁ」的な訴えから始まるだろうと予想していたが、清水センセは思ったより落ち着いているようだった。