確かに僕はもう幸村さんを殺人者にしないかも知れない。だが、期待させても恋人になることはない。死神だから悪魔だから皆んなを遠ざけただけじゃない。死ななくても犯罪者にならなくても、誰かが僕の不用意な態度で傷つくのを見るのはもう嫌だ。それなのに僕はラブホに居る。自分が嫌になる。幸村さんは椅子にドスンと戻されると、口をとんがらせてぼやいた。

「あーあ。一緒に仕事してぇ」
「してるだろ!」
「もっとしたい」
「仕事バカもたいがいにしたら?」
「だって、今朝の20分足らずで糸口が掴めるかもしんねぇんだぜ? おい」
「だからトンデモ考察なんだって。自分でも言ってたじゃないですか、面白半分で聞いてるって」
「まぁ良いんだよ、手がかりがないんだから。思いついたことがあればなんか違うことやれるだろ? やっぱ、ご利益半端ねぇな。秋葉さんは」
「ええ、そうですよ。僕が言ってるようだけど、僕は口寄せだから。僕じゃなくて秋葉さんと仕事すればいい」
「いやいや、巫女にも格ってもんがあるんだよ。そんなら岡本は優秀な口寄せだってな」
「都合良すぎ」
「あのなぁ、岡本の捜査コンサルはセックスと同じくらい楽しいんだけど?」

 僕の悪口雑言にも関わらず、心の強すぎる幸村さんは機嫌良さそうに微笑んだ。

「あのさ、たまにこういうことしような。なんもしないラブホ泊まり」
「嫌ですよ。いつか絶対その自制心の塊が崩れることになるんだ」
「なんねーよ。有ってもキス止まりだって」
「キスは良いんですか!?」
「なにその、バナナはおやつじゃない、みたいな抵抗。いや、バナナはそりゃダメだろ」
「なにニヤニヤしてるんですか! そろそろチェックアウトですよ。出ましょう」
「えぇ? 延長しようよ」
「そんな約束してないって」
「じゃ、また今度」

 僕はため息をついた。押し問答に疲れてきたので、残りのコーヒーを飲みながら黙って朝日の眩しい庭を眺めた。面倒なことはいろいろあるが、それでも爽やかで穏やかな正月の朝で、この時間は案外イヤでは無かったことに僕は困惑した。僕がコーヒーを飲み干して一息つくと、幸村さんが重い腰を上げた。

「ところで、例の教授の携帯番号、教えてくれる?」
「ああ、良いですよ」

 ホテルのメモ帳に携帯電話の発信履歴から寺岡さんの番号を写す。それを幸村さんに渡した。

「すぐ掛けるわ。予定をさくっと決めたいしな」
「お願いします」
「楽しみだ」
(やったー! でんわ! でんわ!)

 いきなり小さい裕がはしゃぐ声が割り込んできた。少々驚いたが、機嫌が良いのは望ましかった。幸村さんも機嫌が良かった。それを最後に僕たちはラブホを後にした。