僕を止めてください 【小説】



「有り得ないって思うけど、3軒の被害者がなんか共通の目的でもあるとかかよ。可能性として。あくまでも可能性としてだ」
「いや、よくわかりませんけど。うーん……燃えた家を見たら家のことは少しわかるかな。どんな風にこの家が壊れていったのか、とか」
「マジか。つまり全焼家屋ってのは岡本にっとっちゃ“家の屍体”ってことか?」
「そうですね。死んだ家です」
「好きそうだな。今度、写真持ってくるわ。一度見てくれや」
「良いですけど、他のことはわかりませんからね。さっきのも仮説中の仮説ですよ。目撃者と不審者が居ないっていう要素だけで考えてますからね。思いつきも良いところです」
「まぁ、捜査も行き詰まってるからな。俺もその岡本の突飛な仮説は面白半分だって。だけど切り口を変えるのには良いかもなってくらいだ。安心しろ」
「真に受けるなんて思ってませんよ。放火は消防も疑ってないんでしょうし。市内とはいえ住所も特に共通点はないんでしょう?」
「まぁ、今んとこはそうだ。知り合いじゃないしな。親類でもないし職場も学校も、趣味もバラバラ。まさか、放火に偽装した自殺未遂とか?」

 それを聞いて、ふと、例のタイヤ置き場リンチ事件のキッカケとなった焼損屍体を思い出した。あれは生命保険絡みの偽装だった。自殺を失火に偽装したのだ。それなら、火災保険絡みでの偽装もあるんじゃないだろうか?

「幸村さん……言いたくないけど、思い出します。例の……失火に偽装した放火、それに保険……」
「ああ…あれか」

 思いがけなく、幸村さんはマズったな、というように珍しく僕から目を逸らした。それを見た僕はざまあみろという気になった。あの件に関してまだ遺恨があるんだ僕は。忘れていてもこんなことで思い出すんだな。気まずい顔をしているってことはあのリンチ事件についてこの人は少しは悪いと思っているんだろうか? 何しろこの人とのすべての始まりはあの焼損屍体なのだ。考えてみればお互い触れたくなくて話題にしていなかった。あんなことがあったのにここで二人でモーニングコーヒーなど飲んでいる方がおかしいのだ。とはいえ予想外に自ら話題にしてしまったからには、そしてどうやら思いのほか幸村さんが後ろめたそうなので、これは少し懲らしめてやれるかもと思い至った。僕は言いたくないところを押して、わざと辛そうな顔をしてうつむきながら言った。

「あれは、僕も……出来れば思い返したくないけど…あの夜のことも」