ベッドに戻りかけながら気がついた。また寝ていると幸村さんがその気になるかも知れない。僕はもう死神でも悪魔でもないかも知れないが、まだ警戒心は解かない方が良いと思った。僕は踵を返した。

 そんなことを考えながら、歯磨きをして着替えた。部屋の遮光カーテンを開けると、一面の銀世界に朝日が差し、真っ白い山並みが見えた。庭には冬枯れの木立がまばらに生え、遠くには林が続いていた。低層のラブホなので、普通のホテルとは違い掃き出し窓になっていて、明るいところで見るとコテージ風である。よく見ると掃き出し窓の外がガラス張りのサンルームになっていた。端の方に木製の椅子が二脚と丸いカフェテーブルがある。なんだか豪華な作りをしている。そういえば、幸村さんは一番高い部屋を惜しげもなく借りたんだっけ。窓の外を眺めながら昨日のことを思い出してていると、後ろからホカホカの何かに抱きしめられた。いつの間にか幸村さんの入浴は終わっていたようだった。耳の奥でフワーンと微かなノイズ。熱過ぎる風呂で茹だったのかと思うほど幸村さんの身体が熱い。熱を冷ますために上裸で腰にバスタオルを巻いているらしい。全裸じゃないところが幸村さんなりに少し気を遣っているのかも知れない。

「うわ」
「無防備だなー、いつものことだけど」
「ちょ……そういうの無しだって!」
「親愛の情だ。セックスじゃないから諦めろ」
「ずるい」
「でもさぁ、一度でいいから、欲情してない岡本を抱いてその気にさせてみてぇよなぁ」

 警戒したのはこのせいかと思うような発言が早速幸村さんから出された。

「その気になりませんけどね。実証済みですから」
「それなら尚更挑戦してみたくなるわな。その前人未到の鉄壁をなし崩すのは俺だろ。俺、上手いし、なんか、一回そんな感じのこと無かったっけ?」
「気のせいです。寺岡さんも佐伯くんも既に実験しましたけどね。あ、首締めたら一瞬でイキますよ。簡単です」
「だから、それを言うなよ! 怖いんだって。でもよ、受けと受けが二人で何したってどうしようもないでしょうが。陸の攻めなんかで誰がその気になんの?」
「懲りたんじゃないんですか? だいたいちゃんと考えてないよね。発作もなく僕が幸村さんに欲情させられたら、小さい裕の思うつぼじゃない」

 それを聞いた幸村さんはちょっと黙った。顔は見えないが、きっと気まずい顔をしているに違いない。しかし、すねたように往生際の悪い回答が返ってきた。