絶望感の元はなんなんだろうか。僕は犯されながら、小島さんに電話してしまった日のことを思い出していた。混乱と狂気の中で、たった一人だけ、僕は彼に助けを求めた。人に助けを求めたことなんてただの一度もなかった僕が、この人にはなぜか電話をしてしまった。なぜ? なぜ僕はそんな選択をしたんだろう。ああ、わかっている。その答えはたったひとつ、“お前も屍体なんだな”という言葉、それひとつだけ。

 僕のこと、どこかでこの人はわかってる…そう思いたかったんだ。まるで、さらわれて異国の地に放り出された子供に、母国の言葉で語りかけてくれたような優しさを感じていた。あの混乱の中で僕は自分の国に連れ戻してくれる人を必死で探していた。そう、僕は知ってた。生きてる人間に期待してるってこと。それが愚かなことぐらい、最初から知ってて電話した。知っていても何故か僕は助けを求めてしまった。

 それがあなただったんだ、小島さん。

 そしてその理解力は、僕を今苦しめる方向に使われてる。言うなればわかってるから出来る。苦しむ僕を見たいから。どうすれば僕が苦しむかわかったから。苦しむ僕に小島さんは欲情するから。気持ちよくなりたいから。違う。僕が生きていることを拒絶しているから。

 もう元の国には戻れないってわかってるから?

 その時僕は突然思った。戻れないんじゃない。小島さんは僕に戻って欲しくないじゃないのか? なぜなら僕は最終手段を持ってるんだから。太くて白い丈夫なロープを僕は…いつでも手にすることが出来るんだから。だから小島さんは僕にこう言いたいんだ。

 死ぬな、って。その国には俺はいない。俺は、生きてる。お前がそれを受け入れれば、俺はお前と一緒の国で言葉で同じことを話すことが出来る。だから…

(愛されたいんだよ…あいつも、俺もな)

 だからですか…? だからこんな風に僕を咎めるんですか。
 僕に愛されたいから?

(俺がお前に本気で愛されたくて、お前の前で天井からぶらさがってたら?)

 僕はいきなりさっきの質問の意味がわかった気がした。そうだ。どちらかしか、選択の余地はないんだ。僕達には、そのどちらかしか。愛しあうためには。

 僕は絶望感の源に、いつの間にかたどり着いていた。