どうしよう。僕はパニックになりながら必死で寝起きの頭を回転させようとした。そうだ…ここに居るからいけないんだ…今なら幸村さんに見つからずに部屋を出られるんじゃないか? では、なにを最優先に行動するのか? ここから出るために。えっと、それは。僕は布団を跳ねのけた。着替えなくては!

(えー? ゆきむらさんはつよいからだいじょうぶだよ。ぼくはもうしぬよりもほんとうのことがしりたいから、ゆきむらさんとなかよくするよ。だからだいじょうぶだよ)

 突然、小さい裕の声がした。まるで恐怖に慄く僕をなだめるように。僕はとっさに小さい裕に問い掛けていた。

(僕はまた無意識に殺されようとしてるんじゃないのか?)
(ちがうよ。だって、もうばれちゃったもん。ゆきむらさんはあたまがいいから、おなじてにはひっかからないんだよ。はやくてらおかさんとあっておはなしすればいいのに)

 いつも通り小さい裕は屈託なく無邪気に身も蓋もないことを言った。つまり? ということは? ここに居ても……

(だからぁ、だいじょうぶだよ)

「あぁ……」

 思わず口からうめき声が出た。凄まじい脱力感が襲ってきた。僕は再びベッドに仰向けに倒れた。良心の呵責に耐えきれずに頭がおかしくなりかけたほどの罪業を悔いたその舌の根も乾かぬうちに、同じことを繰り返しているのかと思うだけで絶望と無力感で気が狂いそうになっていた。だが、もう操るのはやめたのだ。小さい裕は。

 やめたのか。死神も悪魔も。
 やめたのか?


 やめられたのか


 え


 それは唐突にやってきた理解だった。言ってみれば、ずっと縛られていた縄が解けたにも関わらず、余りに長いこと縛り付けられていたために、縄が解けたことを認識しないまま身体が縛られた形のままで固まっていた、それにやっと気がついた、そんな感じなのだろうと。虚脱感が全身を支配している。そんなことが人生で起きるのか、と、僕はそれのほうがオカルトのような非現実的な不可思議さに満ちていると感じた。アレをやめられる日が来るとは。そんな日が来ようとは。あまりの脱力感に地の底に吸い込まれていくような異様な感覚が僕を襲った。