自分で決めたとは言え幸村さんと僕をふたりきりで送り出してから、実験の余韻の残るあの家で、清水センセは独り何を考えていたんだろう。救命道具を片付けて、コーヒーのマグカップを洗ってから風呂に入り、歯を磨いてベッドに入る……そんなことが手に着いただろうか? またあのソファでダンゴムシのように丸まって、幸村さんに嫉妬しながら僕達がしているであろう性行為を想像してパニックを起こし、震える指でソラナックスをいくつも口に押し込んでオーバードーズしているのではないだろうか? 可能性としてはかなり高い。それをわかっていて放置などするべきでないと、僕は今更ながらに気がついた。今、あの人にどうにかなられたら、僕の発作も何もかもが元の木阿弥となるのだ。
 いや、もしかしたらあの後、僕を乗せた幸村さんの車をこっそり尾行してきて、僕達がこの部屋に二人で入っていくところをあの夜のように見られていたのかも知れない。この可能性もかなり高いと言えた。そうなると、前回と同じく朝方か昼かわからないが、僕の部屋を出た幸村さんは、待ち構えていた狂気の清水センセにまた捕まった可能性すらある。ヤバい修羅場だ。だが、考えてみるとその可能性のほうが清水センセが不慮の事故で死んじゃう可能性が低い。全く本意ではないが、幸村さんが頭のおかしくなった清水センセをなんらかケア出来るそっちのケースのほうがなんと望ましいのだ。酷い話だ。
 そのとき、幸村さんは親切にも清水センセに、僕が死神から悪魔に降格されたことを報告するのだろうか?

 とにかく電話しなければ。僕の回答はそれ一択だった。僕には彼をおかしくした責任がある。責任などカケラも無い時点もあった。勝手に好きになって勝手にこじらせて勝手に探し回ってたんでしょ?と言えた地点がかつて僕らの間にも存在した。だが、僕は踏み込んでしまった。自らの渇望により、自らの意志で。渇望を交換した。あるはずの無い宝剣とその幻の鞘を。だから、僕らがその後の時間を濃密に過ごしたためにより狂ってしまった彼に対して、僕にはその責任がある。とはいえもう責任という次元ではないのかも知れない。互いの渇望を満たし合っていて、それが僕の発作を無くすことを実現している。こういう他者を“かけがえがない”と言ったりするのだろうか。そうであるなら、いつの間にか僕らはあれよあれよという間にそのような関係性になっていた。かけがえがないなんて僕の人生に必要なボキャブラリーではなかったはずなのに。