「じゃ、隆には黙っといてやるか」
「お願いします」
「バレたら私が殴られといてやるから安心しな」
「それはイヤだなぁ」
「じゃ、そん時は君が隆に取りなしてよね。でも、久しぶりにあいつから殴られるのもちょっとそそるかも? あーっと、なーんか無性に一杯飲みたくなってきたからラウンジ行くわぁ。ほら、家ではノンアルのビール以外飲めないからさ。また電話するよ。そん時でも冬休みの予定聞くわ」
「お願いします。でも、飲めるんですか? 寺岡さんって」
「まぁまぁね。そんな強くないけど。飲みたい日もたまにはあるよ。今夜はワインかなぁ」
「知りませんでした」
「じゃね。今日は嬉しかった、ほんとに嬉しかったよ」
「ありがとうございます。迷惑かけますが……」
「良いんだよ。私が君に恩返しする機会がついに来たんだから」
「なんですかそれ」
「わかんなきゃいいや。じゃね、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」

 そう言うとすぐに電話は切れた。寺岡さんが酒を飲んでいるところの想像はつかないが、例のハプニングバーでは心中未遂する前の禁酒していないアル中の小島さんとは飲んだりしていたんだろう。今日のホテルのラウンジのバーテンはイケメンだろうか? 蒸し暑い梅雨のあの日、寺岡さんと待ち合わせしたカフェの店員さんを少しだけ思い出した。僕が行きずりの誰かを思い出すことがあるのが意外で、それだけあの日が色んな意味で特別だったんだなと、いまさらながらに思い直すのだった。