「まずいよ、裕君。それはまずい」
「ええ、もう悪霊みたいな声になっちゃってて……最初は普通に話してたんですけど」
「そうしたら今って……あのときと同じくらい、ヤバいってことじゃない……」

 一気に寺岡さんの声が深刻さを帯びてくるのがわかった。あの時は寺岡さんからしつこく説得されるまで気づかなかった自分のヤバさが、今回は自覚的にわかっているというのは、ヤバいなりにも進歩だなと思った。これが高校生と大人の差、なのかも知れない。ヤバさを自分で解決できることとはまた別だが。

「そうみたいです。幸村さんの分析を聞いたあと、バレちゃったね、って、小さい裕が。バレてこの先、もう普通になんて暮らせません。巻き込まないためにはすべての人をシャットアウトして暮らしていくと思うんです。発作が無くなったのでそれが可能なんです。問題は平気で人を犯罪者にしたり死なせたりするほどの自覚の無い凶悪さを抱えながらそれが可能か、ということなんです」
「無理だろうね。よく分かってるじゃん」
「はい、それをしたらきっとまた発作が戻ってくると思います」

 そうだ。清水センセを閉め出したら、僕はまた発狂する。

「そしたら幸村さんは必ず僕の処理に来るでしょう。でも幸村さんとセックスして2回、僕は頸動脈洞症候群で失神しました。2回死ぬ可能性があったと言っても良いです。幸村さんは残念ながら命の危険のあるような事を絶対にしません。僕を生かす方向にしかベクトルは向かない。まぁ警察官なんだから当たり前なんですが。でも僕は幸村さんの上手なセックスに狂いながら無意識に頸動脈洞に刺激のある体勢を取って、そしてその都度失神してます。幸村さんはいみじくも言いました。『これでお前が死んだら、不幸な事故って言われるんだろうな』って。『俺は絶対にお前のこと殺さない。だからお前の無意識はセックスで俺に狂わされたはずみに頸動脈洞症候群起こして事故ってことで死のうと画策することにしたんだな』と」
「へぇ、さすが敏腕刑事だねぇ」
「それを聞いて寒気がしました。言ってる幸村さんもそこで初めて気がついてました。僕はなぜかとうとう暴かれたというような感覚でいっぱいでした。反論の余地がなかった。ショックと疲労で意識が朦朧としてきた時に小さい裕が僕に言ったんです。ばれちゃったね、って。そして…だから、本当のことが知りたいって。あの時と同じ。おとうさんとおかあさんがなんで死んじゃったか。もうあの時みたいに閉じ込めないで、って。あの時、寺岡さんの家で、僕のために小島さん呼んだ日のことです」
「そっか。そうだね。あのあと君は私達に近づくの、やめたからね」

 それを言う寺岡さんの声は優しくて、不思議と切ない響きがした。