念願が叶ったのに、最悪な気持ちだった。懸案の発作が消えたその日に、もうひとつの大問題も解決した。解決した? 確かに事態は単純化されたと言えなくもない。発作は無くなったし、死神でも無くなった。自分の凶悪さがすべて自分の責任に落ち着いた=全部僕のせい、というのが問題を非常に簡潔かつ明瞭にしてくれている。オカルトの衣を借る人殺し。本当に死にたい。死にたいな。死にたくて死にたくてどうしようもない。ほんとに自分さえこの世にいなければぜんぶ丸く収まるんだ。それ以前に最初からいなければよかった。せっかく母が生まれる前の僕を連れて、存在さえ無かったことにしてくれようとしたのに。

 悔しい。

 なぜ僕は生きながらえてしまったんだろう。死んで生まれてきたら、死んだままでいればいいじゃないか。呼吸もしていなくて心音も無かったはずだ。仮死。なぜ僕は生き返された……

「くそっ! くそっ! くそぉっ!!」

 罵言を吐き散らしながら自分のシミだらけのベッドを拳で叩く。日本の産科医学の水準を恨めば良いのか? 自分を置いて逝ってしまった父親を恨めば良いのか? 誰が悪いというのか? ああ、わかってる。誰も悪くない。誰のせいでもない。幸村さんのせいでもない。佳彦のせいでも無い。僕のせいですら無い。だから怒りのやり場はない。
 自分でも驚くのは、幸村さんの言っていた、僕の無意識のセックスアピールの凄まじさだろう。佳彦が気が付かなければ世に出ることはなかったのかも知れないが。どういうことなんだよ。女の人にはカスリもしない。そうだよな、女性の多くは男性の生命力や経済力を本能的に魅力と感じ取るもんだ。子供を育てて無事、社会にリリースしようとする本能。僕とは真逆の性質だ。それに、女の人は男の人よりホルモンや脳の構造上、殺人を犯しにくい。だから僕は殺人者ホイホイとしてヤバい男を狩るのだろうな。そして僕の奥底には、僕に釣られてやってくる殺人者など虫ケラだと思ってる無意識が横たわっている。自分の命が虫のように軽いから、他人も虫ケラ同然なんだろう。いや、虫以下なのかも知れない。

 だが、なぜ? と僕は不思議に思う。佳彦や小島さん、佐伯陸も清水センセも殺人者候補としてわかる。わからないのが幸村さんだ。あの人はほんとにイレギュラーなんだよ。あの人は僕が好きなんじゃない。僕の仕事が好きだったんだ。僕の無意識がどんなに死に引きずり込もうとしても落ちないのは、別に僕の無意識はあの人を狙ってなかったからに違いない。だからしょうがなくて、間接的な“頸動脈洞症候群"狙いに路線変更するしか手がなかったってわかった幸村さんはさすがやり手の刑事だと感心する。そして、死神を盾にして僕の奥底に隠れていた悪魔を、セックス最後の日のギリギリで引きずりだした。幸村さんにしてみれば、時効3時間前の犯人確保、って感じの気分だっただろうな。そういえば、幸村さんはいつ帰ったんだろう? で? いったい今、何時なんだ?