「なんか言ったか?」

 幸村さんは僕に背を向けたまま聞き返した。

「噛ませ犬…じゃない」
「え…?」
「噛ませ犬では…ないです」

 少し黙ったあと、そのままの格好で幸村さんは抑揚もなく聞き返した。

「じゃ…なんだ?」
「噛ませ犬だったら……こんなに悩んだりしない…」
「そりゃどうも。だけど俺はお前を抱かないよ。約束は守る……」
「さっきの話……僕は…僕も同じことわかってたんです」
「なにが」
「……小島さんの体格で…こんなポールなんか支えられるわけがない…って」

 幸村さんが大きく息を吸う音が聞こえた。僕の放心状態は依然として続いていた。どうしたものか……こんなものに自分で蓋をして、気づかないように見ることをやめ、それ自体忘れて。

「……わかってたのか」
「幸村さんに言われなかったら……思い出さなかった……でもあの時はっきりわかってた。こんなんで死ねるわけがないって。僕はどこがどれくらいどう壊れてるか、なんて、ひと目でわかるから……風呂場で落ちたシャワーカーテンを見て…すぐ…わかって……そしていつの間にか忘れました……多分…自分から。だから…幸村さんのこと、呆れてなんかいません」
「そうか」
「忘れたことさえ忘れた……だって、なにもかも自分のせいだったら……その方が救われるくらい誰も彼もが淋しくて死にそうだったんです。だって…そんな報われない行為がありますか? 屍体しか愛さない人間を生きてる人間が好きになるんですよ? でもみんなそれを…ずっと……それが自分の欲や快楽のためだとしても…そうじゃない瞬間がみんなにあって………血の繋がってない母は……僕を虐待も過保護にもネグレクトにもしないで……普通じゃない僕を悩みながら育てて……僕はそんな母に…中学になるまで全く、興味すら無かった。でも戸籍を見て…僕のほんとうの両親が僕が出生を境に次々と死んでしまっていたことを知って……そのあと小さい裕が、縊死の写真を見て“おとうさん”って言ったんです。そして小島さんに『お前の本当の父親と同じことをしたって』言われて気がついた……僕はやっぱり小島さんの言うように死神なんだって。たまたま小島さんは失敗した…偶然…次は無いんだって、いつの間にかすり替わってた」

 背を向けて僕の話を聞いていた幸村さんが、ゆっくり仰向けになった。