自分が同じ轍を踏んでいたことをこれほど悔いたことはない。おんなじ悲しみを再生産して、堂々巡りの迷宮を二人で彷徨ってる。最後だからと安堵してから気がつく。最後だから絶望しか残っていないのだと。涙が止まらない。まだ、こんな悲しいのか、と僕は驚いた。もう小島さんは寺岡さんと幸せに暮らしてるじゃないか。ではなぜ僕の耳の中から水の音が消えないのか? それは今、小島さんが幸せでいられるのは単なる偶然の結果であって、あのときあのステンレスのポールが落ちなければ、小島さんは死んでしまっていたから。それは……

 (俺は死んだら永遠に愛するだけじゃなくて、愛されるんだ…って。もう俺は終わりを見ることは…ないんだ…)

「僕に愛されようって、僕が屍体しか愛さないから僕と死のうと思ったんだ……小島さんは言ってたんだ…俺が死んだらお前は初めて俺を見てくれるんだって!」
「違う! そいつは本当に死のうなんて思ってない! 俺は嫌になるほど自殺の現場は見てきたさ! だがな、本当に死のうと思っている奴は、そんなヤワなカーテンレールで首なんか吊らねぇんだよ!!」

 その言葉が僕の虚を突いた。そんなところになにかを突き入れる余地があったことに僕は驚いた。

「どういう…こと?」
「そういうことだよ」
「死ぬつもり、無かったって、言うの?」
「死にたいっては思ってただろうよ。でも、確実な死に方じゃねぇ。運が良ければ死ねる、だが失敗する確率のほうが高い。陸自だろ? そいつは。支柱の強度なんて見誤るわけねぇだろ」
「うそ…だ…」
「ずっと言えなかった。でも俺はそう思ってた、お前の話し聞いて」
「隆が僕に…ウソついてたってこと?」
「いや、それも違うだろ。死ぬほど苦しかったのは変わんねーさ。でもどっかで生きていたいって…運命が許すなら、生きていていいなら」

 それって、あの人と同じなのか? 寒い夜に廃屋の錆びついた車の中で凍死自殺したあの男の人と?


「賭けた…んですか? 小島さんもあの凍死の人と同じように…?」
「賭けようと思って賭けたんじゃないと思うぜ…そんな精神状態であんなことしねぇさ。意識にないレベルの、曖昧な逃げ、とかなんだろうよ」

 聞きながら僕は絶句していた。返す言葉はもう無かった。茫然としたまま身体がグニャグニャに脱力し続けているようだった。