僕を止めてください 【小説】



 そう言ったものの、幸村さんは僕のうなじに顔を埋めて抱きしめているだけだった。しばらくそうしていた幸村さんは僕のうなじに顔を埋めたまま呟いた。

「離したくない」
「最後ですよ」
「知ってる。だからだって」

 そして僕の耳元で囁いた。

「俺は親父さんの替わりにずっとお前を抱きしめてやれるんだぞ。お前はあのとき一瞬だけ生きた人間を求めたんだ。俺を求めたって良いよな」
「それは、ダメですって」

 僕を抱きしめてから自ら死んだ父と小島さんが、小島さんと幸村さんが、二重三重に重なり合っている。

「約束、破らないで下さい」
「ダメ、か」
「最後って言ったから今があるんですよ」
「そうか」
「10円玉も最後だからOK出したんです」
「お前を抱きしめるのは清水さんか?」
「さあ、どうでしょうか。最初の日に一度だけ抱きしめられはしましたね。性交はしませんが」
「そんなことがあったのか」
「いま、思い出しました。その後はほとんど接触は無いです」
「また解剖の時に自殺屍体が来たら、岡本はこんな風になるんだぞ?」
「こんな程度なら問題ないです。自分で抜いて終われます。それに…」

 大事なことを忘れているようなので、もう一度幸村さんに念を押した。

「清水センセだっておんなじですからね。僕の意識から排除しなくっちゃ」
「出来るのか?」
「しなければならないんですよ。出来る出来無いじゃないんだって」
「それを悩んでるんだろ? 忘れたのか?」

 僕のほうが忘れていた。どうしよう、と初めて思ったのだ。

「…そうでした」
「困ったなぁ、岡本くんよ」
「…困りました」
「清水さんにまたカウンセリングしてもらえ。ピンチはチャンスって言うだろ?」
「ほんと、困る」
「話を聞け!」
「どうにかなるんでしょうか…」

  不安と絶望しか無い。

「どうにかするんだよ。俺も思いついたことはする」
「また、頭がおかしくなるまで僕を犯したりするんですか」
「それでお前が死神から解放されるんならな」

 そう言うと幸村さんはいきなり唇で僕の口を塞いだ。

「んん…」
「さっきの続き、しようか」
「萎えたんじゃ?」
「さっきはな」
「今は?」
「ほら」

 僕の手を自分の股間に押し当てて呆れたようにフッと笑った。

「…勃ってる」
「すぐ勃っちまう」
「幸村さんが勃っても、僕はもう終わったんで」
「好きにして良いんだろ?」
「……ええ。言いました」
「じゃ、萎えた岡本を犯すさ。失神する前のヨガり狂ってた身体は萎えただけで、終わらせてやってないんだ」