おかしいことに思い出すのはなぜか佐伯陸のことで、二回目に会った時に女装を解除した彼が僕にいみじくもこう言っていたのだ。
(ボクは安心したかっただけの抱っこされ損なった赤ん坊なんですかね)
結局、僕らはある意味似たもの同士だったってことになる。付き纏われたのは彼だけの理由じゃなかったのかも知れない。
「でも、奥さんが亡くなって1年もの間、父一人で岡本を育てて来たのに、初めて抱きしめたって、どういうことなんだろうな。抱っこくらい何十回もしたんだろうに」
確かにそれはおかしい。僕は気が付かなかったけど。
「そうですね。わかりませんが、何かの事情があって、もしかして他の誰かに預けられていたとか。たとえば、今の両親とか、ベビーシッターとか。僕は死にかけて生まれてきたから、病院にでも長いこと入院してたのかも知れないし。父がどんな仕事してたかなんて知りませんが、忙しかったら僕の世話をしている暇はありませんし」
「それでも抱いたりあやしたりする機会が死ぬ前の一瞬だけだったなんて、おかしいだろ」
「僕にもわかりません。母に訊いてみるしかないですね。母がわかるかどうかは未知数ですけど」
「訊いてみろ。なんかわかるかもしんないから」
「ああ…でも、そんなこと訊いたら、僕が養子だって気がついてるって母にバレちゃいますね」
「まだ知らないふりしてるのか?」
驚いたように幸村さんが僕に訊いた。
「ええ、戸籍の件は話さないでおこうって決めましたから」
「バレてるだろうなって、思ってると思うぞ。お前の母親だって成人した良い歳の大人に隠し通せるなんてさすがに思ってねーだろ」
「そんなもんですか」
「ああ、お前はそういうとこ、変に気を遣うよな」
「母にこれ以上心配かけたくないので」
「その優しさで俺達もお前から無視されるんだな」
「わかってるんなら言うこと聞いてくれませんか?」
「優しいことが残酷なこともあるんだぜ」
そう言うと幸村さんは僕のうなじに唇を押し当てた。
「萎えたんじゃないんですか?」
「萎えてもキスしたいんだが」
「別に良いですけど」
「こうしてる間にまたその気になるかもしんねーし」
「僕はもうならないでしょうけど」
「そうか? さっきは気が狂ったようにヨガってたけど」
「もう落ちましたし」
「でもまあ、試してみるわ」
「無駄なことを」
「やってみなきゃわからんこともある。無駄でも岡本を弄くっていられる。俺得だ」
「まあ、好きにすれば良いです」
「好きにするさ」



