二人して玄関に入りドアを閉めた瞬間、僕の身体は幸村さんによって力ずくでドアの内側に押し付けられていた。バン!と結構な音がした。夜中の三時に集合住宅でこんな音を立てるものじゃない。

「ちょ…」

 咄嗟に出た警告はすぐさま唇で塞がれて、逃げようとした身体はコートの中で腰を抱かれ固定された。幸村さんは空いてる方の手で器用にドアノブの真ん中のサムターンを回して鍵を掛けた。カチャリと聞き慣れた音がした。唇は冷たいのに、押し込まれた舌は熱かった。あまりに唐突に前戯が始まってしまったので、僕はささやかに抵抗しようと両手で幸村さんの肩を掴んで押し返そうとしたが、非力な僕の腕力など意に介さずに、幸村さんは舌で僕の口腔を嬲りながら、太腿を僕の股間に割り込ませ、固くなった性器を押し潰した。

「ん…んん」

 股間が性感で痺れ、両手の力が抜けてくる。無駄な抵抗だと言外に言われているようで、悔しいけどどうしようもない。発作もないのに案外と感じている自分の身体が不思議になった。幸村さんも興奮しきっていて、ディープ・キスの合間に吐息が微かに声になり、幸村さんの唇の隙間から漏れる。幸村さんがこんな余裕のない責めをすることは今までなかった。それは、最短で僕の発作を射精で鎮静して終わらせるという目的が今まではあったからだろう。どこをどうすればすぐに僕が出すか、幸村さんはいつもは僕の反応を見て考えながら、希死と自傷に狂う僕を過剰に刺激しないで速やかにイかせるというアクロバティックな技巧を駆使していたと言える。その縛りは今日は、無くていい。責任と苦痛から解放された最初で最後のセックス。でもまだ靴もコートも脱いでいない。

「すごく硬いな、お前の」

 微かに唇を離しながら僕の性感を言葉で煽ろうとする。

「発作じゃないのに」

 服の上から指が僕の硬さを掴む。

「んっんっ…!」
「感じてんのか…いい声だな」

 それでも声に煽られてるのは幸村さんの方かも知れなかった。指を離すと僕よりも硬いと思われる張り詰めたペニスを僕の下腹部に堪らないというようにグリグリと押し付けてくる。離した指は遊ぶ間もなく僕の側頭部の髪を掻き上げ、今度は露出した耳に唇が押し当てられた。

「んあっ!」
「しーっ…静かにしないと、こんな夜遅く」
「ん……ぁ…ぅぐ…」

 耳の中に囁かれながら口を手のひらで塞がれた。声と吐息で性感帯が効率よく刺激されて、頭の半分が性感で痺れてくる。なにが、静かに、だ。玄関でこんなことしておいてよく言うもんだ。でも、頭が痺れて口が塞がれているので悪態をつく隙がない。負け犬のように鼻を鳴らすだけ。

「んんんんっ…」
「いつもだけど、エロいな、お前」
「んんっ! んっっ!」

 言葉と一緒に耳孔に舌が入ってきた。弱い場所をしつこく責められて、腰から砕けそうになる。足の力が入らない。それがわかったのか、腰に回されていた幸村さんの腕にギュッと力が入り、僕は軽々とドアから解放されそのまま玄関の廊下に押し倒されていた。