ああ、だから言いなりに無理矢理されるのは楽なんだ。僕が決めなくていいから。じゃあ、『好きにして下さい。僕には決められません』と言えばいい。いつもそうするように。でも、この後に及んでそれが正しいのかと言われると、僕にはそれが“逃げ”のように今回に限っては思えた。先ほど起きた奇跡に対してあまりにも不誠実であると。
 そんなことを考え込んでいる間に、手元の缶ココアはすっかり冷えていた。僕は半分ほどの残りを何口かに分けて全部飲み、そして助手席の缶ホルダーに空き缶を置いた。

 ふと目の前を見ると、ダッシュボードに小銭が乗っていた。10円玉が2枚だ。眺めているうちに、以前読んだ『古代文明における死者との対話』という本の中の、中国の占いを思い出した。古代の死者とのコミュニケーション方法を研究したもので、古代エジプトや南米、ケルト人や北欧、ギリシャや古代のアジアなどで、死者の霊魂とどのようにしてコンタクトを取ったかが詳しく書いてあった。
 中国のそれのひとつに『ポエ(杯)』というものがあった。道教やそれに関する民間の信仰で、おみくじや占い、神託を得るなどのために、コイントスのように投げて使う道具であるが、墓参りなどでは、死者の意思や質問の答えを得るためにも使うと言われる。ポエは必ず2つ1組で投げて使用し、裏表の組み合わせにより神意、場合によっては鬼や死者の意思を占う。ポエは5cmほどの三日月形に象られたものが多く、投げた時に表か裏が出るような造形となっている。片面は平たく、もう一方の面は丸みを帯びる。平らな面は陽、丸まった凸面は陰を表わす。二つとも同じ面が上を向いたら回答はNO、互い違いに上を向いたら陰陽のバランスが取れているのでYES。この時、上を向いたのが平らな面2つ揃いであれば冷笑を表す「笑杯」、もう1回ポエを投げ直す。丸まった面2つ揃いであれば回答者の怒りと否定を表す「陰杯」で完全なるNO。丸まった面と平らな面がそれぞれ出た場合のことを「聖杯」(シンポエ)といい、願いであれば叶い、質問の答えはYESとなる。
 これで、幸村さんの好きにもならないし、僕が逃げも出来ない。今考えつく精一杯のフェアな方法だった。清水センセにもそうしたんだと言えばなんとか諦めて貰えそうな気がした。
 僕はダッシュボードから10円玉を2枚取り上げた。そしてそれを不思議そうに見ている幸村さんに僕はその10円玉を2枚渡した。幸村さんはびっくりした様子で僕に食って掛かった。

「お前を20円で買えっていうのか!?」
「いえ、違います。あの、僕は判断できないので、この10円2枚を投げて、コイントスして下さい。表と裏が出たら僕は幸村さんと寝ます。裏同士が出たらお互い帰宅します。表同士ならもう一度投げます。それでいいですか?」

 それを聞くと幸村さんはさらにあんぐりとした顔になった。