僕を止めてください 【小説】





 沈黙の中で、車が広い道を急に左折した。細い道を辿って繁華街の端まで来ると、車はどこかのビルのパーキングに入った。

「降りろ」
「あ、はい」

 小島さんはパーキングの奥の自動ドアに向かった。僕について来いと言った。自動ドアの中はフロアがあって、壁にパネルがあり、番号と部屋の写真が縦横に整然と並んでいた。部屋番号の隣に値段が書いてあり、その隣に四角い押しボタンが付いていた。小島さんはその一個のボタンを押した。プラスチックの長いバーのついた鍵が下の取り出し口から出てきた。ホテルの鍵みたいだった。小島さんは僕の肩を押して、近くのエレベータに乗せた。

 部屋の中には広いベッドがあった。素通しの大きなガラスの向こうにはバスルームがあった。大きなソファがあった。小島さんは僕をそこに座らせた。

「いわゆるラブホってやつだ。松田と来たことあるか?」
「いいえ。初めてです」
「なんで来たのか、とか訊かねぇの?」
「訊いたほうがいいですか?」
「いいんじゃねーか? お前のためにも」
「あ、はい。じゃ…なんで来たんですか?」
「もう…なんだかな。あのな、お前に、生きてることを受け入れさせに来た」
「そうなんですか」
「どうすればいいかわかんねぇしな。お前は生きてる違和感をエロいこと以外感じねぇんだろ? じゃあ、エロいことするしかねぇんじゃね?」
「ええ、まあ」
「成功するかしないかはわかんねーけど。それに俺まだおまえのこと1回しか抱いてないし」
「ああ、はい」

 小島さんは僕の隣にドスンと腰掛けた。そしてズボンの後ろポケットからスマホを出した。耐衝撃性の壊れにくそうなゴツいスマホ。壊れにくいというのは魅力がないに等しい。小島さんはしばらく画面を片手でいじっていたが、そのうちウンウンとうなずいて、僕をチラッと見た。