「先生は……そんなことおくびにも出さなくて…あんなに自然に振る舞えるの、おかしいですよ。いや、自然じゃないけど、おかしいけど……」
「でもあいつは、あんたが危険だからだって言ったら、ふぅん、って 言いやがったからな」
「見張られてるのわかってるのに……なんでそんな認識でいられるのかな……」
今すぐあの霊園の裏の家に戻って、そのことを清水センセに問い詰めたいとさえ思った。あんな無策な人が、それを知りながら僕にバレずに普通に過ごせるなんて思えない……
そう考えたとき、あのメモリアルパークの散歩のワンシーンが脳裏を過ぎった。会話の途中で彼が不意に立ち止まり、しばらくして無言で空を見上げたそのときのことを。饒舌だった清水センセはその直後から急に無口になり、そのあとなにか独りで呟いていた。なにか気になることがあったのだろうかと、その奇行を清水センセの時折見せる狂気のひとつとして僕の脳は処理した。だが、あのとき、清水センセはあるものを見て茫然としたのではないだろうか。僕はそのフィクションのような想像を否定して欲しくて幸村さんに否定疑問文を投げた。
「幸村さん……まさか僕と先生が、メモリアルパーク散歩してるところなんか、見てませんよね?」
「ああ、見てたぞ。それにあんとき、岡本にバレねぇように、樹の陰から清水さんに手ぇ振ってやったしな。驚いて立ち止まってたわ」
僕の妄想が肯定されることを僕は99%信じていなかった。座っているにも関わらず平衡感覚がおかしくなった。僕はどんな並行宇宙に紛れ込んでしまったのか? 夢と現実が曖昧になっていくような発狂しそうな感覚が襲ってきた。まるで除籍謄本を取りに行った日みたいに。
「まさか……僕のほうが頭…おかしく……なる…」
二人がどんな気持ちで、それをやって、やられているのか、僕にはわからない。でも、とてもじゃないがまともな気分ではないと思った。僕の、人の道から外れた意味と感性を共有している清水センセと、そのふたりをこの世界に繋ぎとめようとして苦闘している幸村さんのそれぞれの心中には、どんな光景が広がっているんだろうか? 僕にはそれをどうすることも出来ない。聞いている僕もまともな気分ではいられないのだから。そのすべてに身震いがした。
「や……やめても……いいですよね……見張っても……なにも……なんないでしょ……」
呟くような声しか出ず、唇が震えていた。すると幸村さんは大きな溜息を吐きながら、何を思ったか見えてきたコンビニの駐車場にハンドルを切った。
「そういう俺は……いつまでお前たちを見張ってるつもりなんだろうな。っていうか、俺はいつ辞められるんだ?」
幸村さんは駐車スペースに車を停めると、困ったような顔をしてポケットからタバコを出した。



