「すみません。こんな時にとは思いましたが……あなたがたをどうやって無視できるかわからなくって」

 僕が最後に思い出した絶望的な質問を投げかけると、清水センセは息を呑んで絶句した。それを見た僕は、自宅で起きた実験直前のパニックが、清水センセの「今すぐ首を絞めて殺してあげる」の一言で静まったことを思い出した。あのときの確信を思い出そうとしたが、なぜかそれが消えてしまっているのだ。発作は無くなったのに。そうなると、なぜ発作が治まったのかも理由がわからなくなりそうだった。

「待って、裕くん。無視ってなに? 君はもうそのことで苦しむのやめたんじゃないの? だって……」

(だって、僕が、いますぐ殺してあげられる)

 だってのあと、清水センセはその言葉を飲み込んだ。確かに。幸村さんがここにいる限り、それは言えないな。あの囁きが僕にどれほどの平安を与えていたのか、いま理解した。僕という厄災を祓ってくださるのだ。発作は真の殺意で浄化された。だが厄災は、彼が僕をいつでも屠れるという真に自由な状況こそが捻じ伏せてくれるのだ。それは幸村さんによって半ば失われるのだろう。皮肉なことだ。発作から解放されたとしても、たったこれだけのことで容易に死神の葛藤に絡め取られるんだな、僕は。つまりそれは、この治療は対症療法であることを意味していた。根本治療ではないのだ。だが、僕の死、以外の根本治療などというものが、この世に存在するのだろうか?

「まぁでも、俺に関しては解決したんじゃねーか? 清水さんのおかげで岡本のフォローしなくて良くなったしな」
「すみません。僕はすべて解消するものとばかり……」

 腹立たしげな嫌味を八つ当たりでぶつけられた清水センセが、申し訳無さそうにそう言ってうつむいた。僕の発作だけが幸村さんと僕とを繋いでいた。もし、清水センセが誰の力も借りずに僕の発作を治してしまったのなら、「これでもう、幸村さんを意識に入れなくても済むんですね」、と僕が清々しく幸村さんに言って終わったのだろう。しかし事態は大幅に違うルートを通ってここに来た。敵同士になるはずの二人が僕のために呉越同舟して、あの寺岡さんですら解決できなかった積年の僕の発作を人生を賭けて終わらせてくれた。そんな二人のアプローチを、無視して暮らすのか? 死なせるより良いのか? うん、死なせるよりは無視のほうが人道的だ。でもきっとあの二人のことだから、死んでもいいから関係を続けろと絶対に言うだろうな。それは人道的にどうなの? もうわからないよ……