「殺して……くれないかも知れない……そういうことですか?」
「僕の決意は変わらないよ。違うんだ……殺せないかも……知れないってことだよ……幸村さんに止められて」
「可能性として?」

 固まった清水センセは黙ってかすかに頷いた。

「そうですね。そうなる可能性が大きくなったというのはわかります」

 僕はそう答えた。清水センセは僕を見れずに震えながら呟いた。

「発作が……再発しちゃうよ……どうしよう……せっかくここまで来たのに……」
「そうでしょうか」

 僕はテーブルの上に放置されていた『Suicidium cadavere』を掴んで引き寄せた。いつの間にかそれは閉じられていた。清水センセが閉じたのかも知れない。

「確認すればいいんじゃないですか? もう一度これを眺めて」
「裕くん……いいの? こんなことになってるのに、君は僕を非難しないの?」
「非難すれば、状況が変わるんですか? どのみち僕は先生に僕を殺さないように約束してもらっているんです。それにあなたの殺意は幸村さんに止められたら失われるんですか?」
「それはない……絶対に」
「じゃあ、確認すればいいんじゃないですか? 僕の人生からあのとき、中学生だった僕からあの男が奪ったものが正真正銘の殺意だったということが証明されると思いますが。なにか問題でも?」
「……いや……でも……」
「そうですね。最悪、また僕は発作をこの人に処理してもらうことになりますから、それは先生にはツラいことだと思います」
「そんなことは、この際構わない。それも覚悟して実験に幸村さんを呼んでるんだ。僕が言ってるのは……裕くん、こんなウソばっかり言って取り繕ってた僕をもう信じられなくなってるんじゃないかって……それも当然さ……当然だから……僕の殺意だって……君の中でどんな風に変質してるか……」
「ですから僕が先生をまだ信じてるかどうかも、これをもう一度見たらわかりますよ。一発でわかりますよ、今までの僕らの計画が台無しになったか、それとも否か」

 自分でも驚くほど事も無げに僕はそう言い切った。そう言えば、清水センセは逃避行用の大金を僕に預けるとか言ってたっけ。それも幸村さんとそんな関係になってその上であんな風に言ってたのかと思うと少し笑えてきた。確かに大金が要ることになりそうだ。全部承知の幸村さんを巻くのは大変そうだもんな。

「それでもし、発作が起きたら、そこで申し訳なく思って下さい。発狂した僕が幸村さんに連れ帰られるのを見送るだけで充分な罰だって思いますけどね」

 そう言うと僕は懐かしい黒い本を膝の上に乗せた。