僕を止めてください 【小説】



「でもそれ以上に俺は初めて仕事した時からお前にゾッコンだったよ。いつの間にか好きで好きで堪らんようになってた。こんな公私混同な感情は生まれて初めてなんだよ。自分がそんな風になるなんて思っても居なかった。だけど、まぁ、あとは岡本も知ってる通りだ。結局、俺はお前を救えない。理解すら出来てないんだろうな。俺は初めて自分に嫌気が差した。自分じゃ解決できないことってやつをお前に思い知らされた。無力感ってやつもな。それで俺の人生ってのはなんだろうって初めて考えた。ああ、警察って仕事があるから俺は自分がこの世にいて良いって思えるだけなんだなと。それまで俺の人生は仕事とイコールだった。その仕事が俺の一番大事な人間を削り取る構造になってる。俺の成功もそこから生まれる自信もこの犠牲の上に成り立ってる。“仕事イコール人生”の式から初めてこぼれる落ちるものを味わった。そこから俺の人生に空洞が出来ちまった。価値がないどころじゃねぇよ。無意味なんだよ。この空洞ってやつは。ほんとに大事なものを救えない俺の人生に意味なんてあるのかってことになった。そうしたら答えがやってきた。正確には答えを持った狂人が俺を捕まえに来たんだ。俺は考えた。なすすべ無しの俺が出来ることはコイツに賭けることだってな。それも、俺が絶対に不可能な行為にな。おかしいよな、岡本を死なせないために、岡本を本気で殺せる人間に本気で殺す約束をさせるって……しばらく死ぬほど悩んださ。何日も何日も考えた。俺はこれを見てみぬ振りをするのか? 俺は自分の信念を裏切るのか?ってさ。その回答が今日のこの時だ。俺は賭けたんだ。警察という役割と自分自身を全賭けだ。死を以って死を制するこの医者の術式にさ。おかげで俺は何ものでもなくなっちまった。ほんとうにさ、正義と愛ってのはどんな世界でも両立しねーんだよ」
「しません。ええ、しないんです」

 僕は驚きの余りそう口走っていた。あの時に佳彦と僕は正義と法に折り取られた。だが今、正義と法のほうが狂人の決意に圧し潰されていた。こんなことがあるのだろうか? こんなことが起こるって誰がわかる? こんなことがあって良いのだろうか?
 すると、幸村さんの「まぁ、聞けよ」からずっと黙って話を聞いていた清水センセが不意に口を開いた。

「ごめん、あの、聞いてほしいことがあって」
「どうしたんですか?」

 清水センセは僕の方を向いた。怯えて引き攣った顔で。

「こんなこと、言いたくないんだけど……裕くんが今の僕たちの話を聞いて、せっかく治まった君の発作がまた再発するんじゃないかって……幸村さんにバレてる時点で、僕らの計画は崩壊してるんだってわかったでしょう? それは全部僕のせいなんだけど……」

 そこで清水センセは両手で頭を抱えて絶句した。顔面が蒼白になっていた。