僕を止めてください 【小説】



 自分の苦しみが、こんなにも他人の苦痛になるのかということを、僕は初めて自覚したと言っても良かった。ここまで聞いてわかってきたことは、この二人が、僕を救いたくても救えない苦痛の余り、呉越同舟という関係を選んだ、その壮絶さだった。こんなことを僕に黙って続けてきたこの二人に対して、この先、僕はなんと言えばいいのかが思いつかない。でも、もうこの後に及んでこの二人に謝られるのは耐えられないとだけは思った。それは言ったほうが良いと思った。

「ごめんなさい。もう、謝らないで下さい。先生も、幸村さんも。僕の願いが……破滅的過ぎるんです。それがすべて悪いんです。警察官の幸村さんにそんな選択をさせて、清水センセに捨て身の決断を強いて……僕にそんな価値があるのか……わかんないんですよ……僕がこの世に存在していい、その意味が、ほんとうに…」
「裕くん、お願いだから、そんなことだけは言わないで!」

 叫ぶように清水センセが僕の言葉を制止した。

「自分の価値なんか…自分でわかるもんか! 誰だってそうだよ、裕くん。僕だって、幸村さんだって、自分の価値を自分で掴んだことなんかないんだって」
「俺は自分に価値があると思ってたけどな」
「幸村さん、水を差さないで下さい!」

 慌てて清水センセがそのKYな発言を止めた。だが、幸村さんはその先を続けた。

「まあ、聞けよ。あん時まで、ってこった。俺は仕事として自分が良くやってるって思ってたし、評価もされてるのは知ってたさ。俺はこの世に必要だって。自信があったんだ。マジでだ。俺は警察官っていう役割の価値を俺の価値だと思ってた。確かに全部間違っちゃいねぇよ。だがな、気がついたんだよ。俺がお前を殺しかけた時にな…」
「幸村さん…」
「俺は自分が大好きな人間ひとりを救えない無能な人間だったのかって。俺の自信と信念で岡本を解剖で自殺の屍体に正面から向きあわせて、俺はそれを絶対的に正しいと確信してた。それは今でも変わっちゃいない。でもよ……俺が自分の使命に忠実であればあるほど、こいつは壊れていくってわかった。じゃあ、そんなポンコツ使い捨てりゃいいじゃねーか? 大体、自殺の屍体で気が狂う法医学者なんてどう考えてもお荷物だろーがよ! だけどこいつはそんな単純なポンコツじゃねぇんだ。どう考えてもそれさえ無きゃ、優秀な…いや、そのポンコツ込みで、超有能な法医学者なんだよ! こんな有能なのにこんなわけのわかんない人間そうそう居ねーんだよ! まっとうな警察官ならこいつを手放すなんか思いもしねぇよ。でもこいつは鶴の機織りみたいに陰で誰にも見せずに自分を削って仕事をしてたんだ。それを知っちまってから、こいつを本当に上手く使えて、しかも理解できるのは俺しか居ねぇって思ってたんだ。諸刃の剣みたいなこいつを上手くコントロールして、出来るだけ長くこの教室に置いておきたいってな…」

 今までの想いを吐き出すような勢いで、幸村さんは畳み掛けるように続けた。自分への怒りも噴き出しているようだった。