僕を止めてください 【小説】



「なんで許したんですか……幸村さんらしくないじゃないですか」
「お前が清水さんになんのためらいもなく殺せって強要してたら、俺はお前を許さなかったけどな。お前が途中で人の道に気がついて、清水さんに自分を殺させないように思い直したって聞いた時は、俺は心の底からホッとしたんだ。お前のこと、2回見損なわずに済んだってな」
「僕は気づいてたよ。だから言った。本当に殺してあげるって約束すれば、それだけで裕くんは本当に救われるんだって! でも僕には本気の殺意が必要なんだって。そして僕にはほんとうにそれがあるんだって……それを警察官としてどうしても看過できなかったら僕を捕まえればいいと。その替わり僕は二人の関係を洗いざらい全部ぶちまけるからって」
「だから早くそれを証明しろって言ったさ! 俺は賭けたんだ、この頭のイカれた医者に! 脅されたからじゃねーぞ! 俺の目の前で、岡本を救えるなら! 俺はそれで金輪際、無理矢理あいつを抱かなくて済む。あいつを壊すのをやめられる。あんたに嫉妬させることも無くなる。それを俺が繋いでやるから、早く岡本と会えってな!」

 あの時のピロートークが脳裏を過ぎった。幸村さんの、清水センセのことをよくわからないとか言って、僕に彼がどう見えるか知りたいなんて言ってたことを。それは幸村さんの仕掛けた呼び水の一つだったのかと。

「実は……さ、Aiセンターの件で連絡して会えって……幸村さんから言われて気がついたんだよ。どのみち法医学教室は岡本先生を代表にするつもりでいるって教えてくれて……裕くんにはウソ言った。ごめん」
「二人とも、ウソばっかりだったって、ことですか……」
「すまんな。でも悪いけどお前のためだから。全部な。ウソも方便ってお釈迦様だって言うくらいだし。俺は謝るけど、悪いって思ってはいないからな。黙って色々ウソついて辻褄合わせてたのは、俺の差し金で清水さんがお前に接近したなんてわかろうもんならお前は俺達をまるごと拒絶するってわかるしな」

 今まで真剣に危惧していたことを尽くひっくり返されて混乱しているのが腹立たしく、何か聞かされるたびにそれ相応のことを言ってやるつもりでいたが、彼らの語るそのことには微塵もふざけた感じがなくて、ひたすら思いつめた苦悩だけが伝わってきて、それを聞いて僕はもうそれ以上悪態をつくことが出来なかった。