案の定、彼は無策だった。それはわかっていた。だが僕と会う前の絶望した清水センセの激情と自暴自棄の凄まじさを知った。そこでふと僕はある可能性を考えた。もしかして僕の例の動画のことも話してしまってるのだろうか? やりかねない。戦慄で血の気が引いていく。恐怖を圧し殺しながら平静を装って僕は清水センセに尋ねた。
「先生、なに…話したんですか…?」
「名前も知らない君の画像を名前も知らない男から偶然見せられて、それに一目惚れしてしまって……それ以来探し続けたって…いつもの話だよ」
そして清水センセは僕に目くばせで大丈夫と伝えてきた。緊張がヘナヘナと萎えて行った。この人はそこまでバカではなかったのか。清水センセの言動が何を基準にしているのかまったく掴めない。
「なら……いいです」
「探し続けて、絶望して、頭がおかしくなって、忘れようとしても忘れられなくて、家の事情で故郷に還ってきたら君が居たって……すぐには信じてもらえなかったけどね」
「そんな…お伽話でもあるまいし、はいそうですか、なんて信じられるかよ」
「で、見つけたのに、僕はどうやって君に近寄れるか、それ以上に自分のことをどうやって伝えられるのかが全くわからなくて、それでずっとストーカーみたいなことしてるって言った。言ってるうちに切なくて悲しくて苦しくて涙が止まらなくなって……幸村さん相手に泣き叫んでたんだ。お互い現場ではよく会うし、知らない間柄じゃないし。それまで僕は幸村さんの仕事は買ってたし、お互い仕事上の信頼もあった。そんな人が自分の想い人の部屋から明け方出てくるんだよ……絶望したよ。幸村さんだって僕の話を聞いたら、これは恋敵だってわかるじゃない? でもなんだか…この人…僕のとっ散らかった話を黙って聞いちゃってさ…おかしいでしょ? バカにもせずさ、真面目な顔して頷いて。どうかしてるって。それで堰を切ったみたいにいつのまにか号泣してた」
キレた幸村さんの執拗さと怖さを知っている僕は、受容性などというやつがそこで出たことに驚いた。それに、清水センセからどうかしてるなどと言われるとは思わなかっただろう。幸村さんも本当にどうかしていたのかも知れない。



