「まさか……驚いた。あはは……ほんとに起きねぇみたいだなアレ…ははっ……すげぇなぁ、清水さんは。参ったよ。完敗だ……もうこれでお前の死にたいを聞かなくて済むんだろうな。俺がいなくても、解剖の後、普通に眠れるんだな」

 そう言うと幸村さんは僕の両肩に手を置き、寂しそうに微笑んだ。

「大丈夫だから。座れ」
 
 そのまま僕は再びソファに座らされた。僕はこの状況が途轍もなく大丈夫じゃなさそうな清水センセを問いただした。この二人の嫉妬のことで、僕がどれだけ苦悩したと思う?

「先生は……平気なんですか? この人、僕を……僕に……もう知ってるんですよね? なのに……なんで」
「知ってるよ。君に会う前から知ってるんだよ。それは…あの日…僕が口を滑らしたから……わかってるんでしょう?」

 やっぱりそうだったんだ、と、僕は自分の想像が正しかったことを知った。
 
「夜、君の部屋に入って、明け方出てきた幸村さんを……僕は……僕が……耐えられなかった」

 やはり彼は見てしまったのだ。幸村さんが苦々しい顔でその後を続けた。

「明け方、岡本の部屋から出てきたところをストーカー中の清水先生に捕まったんだよ。例の久殿山の遺棄の解剖の時だ」
「捕まったって、どういう意味?」
「路地から誰か出てきたなと思ったら、清水さんだったんだよ。ものすげぇ形相で俺を睨んでさ、いきなり胸ぐらを掴んできたから、本当にあの時はマジで驚いたわ。一瞬、パクった奴が出所して報復に来たのかって思ったさ」

 それは衝撃的だった。幸村さんは見られただけではなかった。そんなところで清水センセはすでに忍耐をやめていたのだ。

「……裕くんが…自転車も漕げないくらいぐったりして…普通じゃない様子で帰って来たのを僕は車の中からずっと見てた。僕はどこかでわかってた。裕くんがきっと、解剖があってこうなったんだって。助けてあげたかった……でも僕にはどうすることも出来ない……ただここでひっそり見守っているだけのヘタレだった。声も掛けられないでずっとストーカーしてるだけの毎日で、それでも淡々と通勤してるだけの裕くんの日常を僕は見守っていられるだけで、苦しくてどうしようもないと同時に、僕は今までの何倍も幸せだったんだよ。でも、それがあの日、崩れたんだよね。君が狂った身体を押さえつけながら、情欲に憑かれたような上気した顔で口で息をしながらエントランスに入っていくのを見て。そしてそのしばらく後から……男が入っていった……本当に驚いたんだよ。だってそれが僕もよく知っている…幸村警部補だったんだから」