それは今のこの状態を説明するのに最も適切な推論だった。なにを僕は遠回りしていたんだろう。とっくにそれは決まっているではないか? 僕たちは鍵と鍵穴であるのだ。この脱力感が精神的なものでないとしたら……この水に、さっきの食事に、なにか入っていたとしたら。
 僕は目を見開いた。手足が痺れているような気がした。うまく動くのかわからない。いや、もう、そんなこと良いんじゃないのか? 彼が自分の欲望を満たすために僕を殺す。僕のためでなく、彼自身の渇望のために僕を殺してそしてエンバーミングする。僕を屍体として鑑賞し、共に暮らすために殺人者となる。僕が殺して欲しいからじゃなくて。あなたが僕の屍体を手に入れるために、僕を屍体にしたいから法を犯す!

 お母さんの屍体はあなたの苦痛に満ちた年月を終わらせたんですね。あなたにとって、屍体とは安心感と復活の象徴だと言っていた。僕を手に入れたあなたはもう苦しまなくていい。ぼくを探して苦しみ、見つけて苦しみ、失うことを恐れ苦しみ、嫉妬に苦しむその日々を終わらせられるんだ。そしてその後に、あなたは本来の目的である僕の屍体を愛で、美意識と嗜癖が思いのまま甘美に満たされていくのだろう。
 そう思うと、僕は以前と違った感情が湧き上がってきた。僕の身勝手な希死を、僕のために愛をもって叶えるあなたを絶対に罪人には出来ない。だが、あなたの狂った情欲と執着が僕を殺すなら、あなたが今すぐにでも僕を殺して罪人となっても僕は全く構わないのだと。だってあなたは“悪魔”と罵られた僕に釣り合う、ただの“人でなし”だから。

 それなら僕は、躊躇なくあなたに今すぐ殺されていい。

 寝室のドアの開く音がした。僕はまた眼を閉じた。この姿勢は僕の首を絞めて落とすのに最も適している。ああ、あの時みたいに、佳彦に差し出したみたいに、また誰かに僕は自分の首筋を差し出して、喜悦の声を上げて気を失いながら射精して果てるのか。最後のオーガズムの中で。
 足音が近づいてくる。僕はもうなにもしなかった。運命に抗うことはしない。だって僕はいつだって、誰かの言いなりでしかなかったのだから。

「ようやく、終わったか」

 頭の上で誰かの声がした。だが、それは清水センセの声ではなかった。息が止まりそうになった。この声を僕は“良く”知っている。

「え…?」

 咄嗟に声の方に顔が向いたとき、思わず声が漏れた。そこに居るはずのないその人が、僕を見下ろしていたから。

「なんで……? なんで!?」
「僕が、呼んだから」

 その声の後ろから清水センセが抑揚のない声で答えた。いつもの黒いスーツを着た幸村さんがそこに立っていた。