「な……なんですか…?」
「いきなり、ごめんね」
「なにか、あったんですか?」
「ごめん……すぐに…わかるよ」

 そうか。僕はようやく、ここで犯されるのか。トラウマを克服した彼に。
 そんなこともあるかも知れないと、どこか心の奥で思っていたそれは、ほんの少しの落胆と、それ以上に腑に落ちていく感覚を伴っていた。なぜならそれは、彼の性欲は実母への嫌悪と罪悪感で強烈に抑圧されているだけで、死んではいないと感じていたからだった。では、トラウマが癒やされたら? それでも彼は聖人君子のように禁欲を貫くの? と。世の人には、ごくごくたまに存在する。他者に対して恋愛感情はあるが、性的欲求を感じない、ノンセクシュアルという人たちが。だが、その分類に清水センセは当てはまるのか? あの苛酷な過去を彼から聞きながら、僕はどこかで違和感を覚えていた。僕にとっては都合の悪い話だったが、合理的に考えて僕の都合に関わらず、トラウマから解放されつつある清水センセはいずれ僕にも性欲を感じるようになると推測された。そしてそんなことになったならば、いつもながら僕には断る理由も抵抗する気力も意味もなく、いつものようにされるがままにオナホとして機能するのだろう。

 それから、うつむきながらなぜか苦しげな顔をした清水センセはくるりと踵を返すと、なぜか寝室のドアの向こうに消えていった。彼のベッドのあるその部屋。これから僕はそこに連れて行かれるのだろうか。さっきの恥ずかしげに困惑した顔が目に浮かんだ。あのとき、彼はすでに僕に欲情していたのだろうか。僕の勃起した股間を本当に見なかったんだろうか。トラウマによって抑圧されていた、幼い頃からの母親の執拗な愛撫で開かれた身体は、それが無くなった時にどんな反応として再び現れるのだろう?
 僕は再びソファに頸を預けたまま眼を閉じた。もしかしたらそんなことは何もないのかも知れない。清水センセが僕に謝らなければいけないことは、そんなこと以外にも沢山あるようにも思えた。僕に隠れて盗撮した写真が100枚くらい出てくるのかも知れないし、下手すると、あの佳彦のリベンジポルノの続きを一緒に鑑賞させられるのかも知れない。それとも……

 あ。

 その急に浮かんだ考えに僕は息を呑んだ。