僕を止めてください 【小説】



「ほんとに、発作、起きてないの?」
「はい」
「ほんとに?」
「はい」
「……良かっ……た…届いたんだ…」

 清水センセが、ドサッとソファの背もたれに倒れるのが伝わってきた。

「あぁ……成功……したんだね」
「はい、たぶん」
「君は、救われたんだろうか」
「ええ、救われた…んだと思います」
「そう……そうか……僕は…間違ってなかった…僕は……」

 泣きそうな声が聞こえ、それは次第に泣き声に変わっていった。そう言っている間にも、ふんわりした柔らかい微熱が股間まで覆って来始めた。微かに耳の奥にノイズ。中音域の小さいモーター音のような滑らかなノイズ。いつの間にか僕は再び目を閉じていた。激しい緊張が弛緩して、意識が朦朧としていた。このしばらく、よく眠っていなかったせいかな。勃起は副交感神経優位で起きる。副交感神経は心身をリラックスに向かわせる自律神経だ。さっきから自分のペニスが固くなり始めているのを僕はわかっている。それは服の上からでもわかるだろう。清水センセはわかっているだろうか?

「裕くん、今、どんな感じなの?」
「性感が、だんだん出てきてます」

 清水センセは鼻をすすった。少し黙っているようだった。大丈夫だろうか?

「大丈夫なの?」
「先生こそ、大丈夫なんですか?」
「どうすれば良いかわからないけど……ツラくは、ない、かな」
「我慢……しないで下さい」
「うん。我慢できるものじゃないから」
「見たくなければ……すみませんが、僕を自宅まで送って下さい」
「…えっと……帰したくはない…な……」
「さっきから……だんだん…勃起……してるみたいで」
「そう、なの?」
「見てないんですか?」
「見てないね」
「あぁ、言わなきゃ良かった」
「まぁ、良いけど。どうせ見るつもり無いし」
「見ないで下さるとありがたいです」

 目が開けられないので、彼がどういう顔をしているのかはわからない。声はあまり感情を出していない。でも錯乱している様子はなく、恥ずかしさに困惑しているという感じが伝わってきていた。清水センセが崩壊を免れている。安堵が広がった。安堵は、解放を連れてきた。解放?
 
 僕は、解放された?

 唐突に涙が溢れてくるのを感じた。依然として発作は起きず、ただ、じわじわと微熱に身体の芯が犯されていくだけの、曖昧な性感が広がるだけだった。これは、佳彦に『Suicidium cadavere』を借り、家で自慰している時の状態に似ていた。あの時の方が激しかった。なぜならそれは、僕の初めての性的な興奮だったから。なにも比べるものが無かった。神経が初めて性的な快楽を感じたのだから。では、今は?