僕を止めてください 【小説】





 また、不意打ちのように考えたこともないことを言われて、僕もなんと答えていいかわからなかった。変な沈黙が漂った。
 愛されて育つということの実態が感覚や実際の行為としてよくわからない。だいたい僕は親のことを、この前の怪我まではっきり意識してはいなかったと思う。あんなに長い会話をしたことがなかったのだ。母親のことはそれでもエピソードがいくつか記憶にある。それは母親が、松田さんや小島さんのように、僕に無理やり関わろうしたこともあった、ということだろう。でも、父親はどうだろう。仕事で忙しく、生活は小さい頃からすれ違っているので、ほとんど会話はない。僕に関わるということはない。僕も興味はない。
 
「お前の親ってどんな親なんだ? 裕、お前もしかして虐待とかされてんじゃねーのか?」
「いえ、虐待はないです」
「放置も立派な虐待だぞ」
「…僕のほうが親を放置してるのが状況としては正しいですかね」
「興味ないから?」
「はい。興味ないです…あ、正確には“興味なかった”ですね。母親とこの前手首切った時に初めて長く話したんですけど、認識が新たになりましたから」
「オヤジは?」
「ないです」
「なにが?」
「関係が」
「関係ないの?」
「向こうも僕も互いに興味ないっていう感じです。それで関係も自然になくなってるっていうか。顔は覚えてます。話をした記憶があまりないですね」
「向こう…って自分の父親のことな。向こうはねーわな。お前、親の名前も覚えてねーんじゃねぇよな?」
「さすがに学校の書類とかで書かされますから覚えました」
「なんかいやな覚え方だわ。で、なんの仕事してんの?」
「さあ、スーツ着て会社行ってるんで多分ビジネスマンじゃないでしょうか」
「おいおい、なんの仕事だって聞いてビジネスマンはないだろ」
「八百屋とか炭鉱労働者とかではないって意味で」
「わっかりにくいな」
「たしか…大手の商社だったんじゃなかったっけ…小学校の社会の宿題で父親の仕事についてってやった気がします」

 それもはっきりと覚えてはいなかった。