「裕くん? 大丈夫……?」
囁くような声で清水センセが僕に問いかけた。
「来ない」
「えっ……?」
「発作……来ない」
「ほんと? ほんとに?」
僕は無言のままうなずいた。
衝動が、来ない。
性感が、来ない。
そして
羨望が、ない。
自由に羽ばたいて死を自らの手で自身に与えた人。自殺者。その蛮勇と狂気と不耐性。僕が憧れ、求め、同時に軽蔑していたこの行為に、屍体に、羨望が……
ない。
「ない……」
空を仰いだまま、僕はそれを確かめるように呟いた。そして、言葉を失った。
「あ…ははは…」
いつの間にか笑っていた。こらえ切れなかった。還ってきた。失ったものが還ってきたのだ。永遠に失われたと思っていたそれが再び戻ってきたのだ。
(至福とは、僕へと向けられた本当の殺意。そして絶望とは、僕の人生からそれが永遠に取り去られたこと…)
清水センセ、あなたのくれたものが勝ちました。賭けに勝ったんです。僕の人生から奪われた殺意があなたによって還ってきたんです。何があろうとも必ず僕を殺してくれるという人生を賭けたあなたの約束で。
下腹部からふんわりと熱っぽいものが広がってくるのを感じた。微細な性感は性器を巡り、腰を包んだ。だが、発作ではなかった。
「じゃあ、それって…」
僕は目を開け、清水センセを見た。いつの間にか隣に座っているのが視界の端に見えた。
「はい。先生の勝ち、です」
僕はそのまま答えた。正確には目蓋を開けたあと、それ以上なにも動けなかったから。



