「裕くん、入るね」
「はい」

 僕はまだベッドで丸まっていた。マンションの廊下を全力疾走したみたいなハァハァした息遣いが上から聞こえた。

「どうしたの? 何があったの?」

 もうそれは電話越しの声じゃなかった。僕は顔を上げた。心配で歪んだ清水センセの顔が見えた。

「ぼくのせいで…みんな…死んでしまう」
「違うよ」
「殺して下さい。ころして…ください」
「わかってる、わかってるから。いいよ、今、ここで良い?」

 清水センセは荒い息を吐きながらしゃがんで、僕の顔を覗き込んで微笑んだ。目が合うと、清水センセはもう心配そうな顔ではなかった。なぜかその言葉と微笑みで僕の中の妄想が止まった。僕はなぜだか狼狽していた。いつの間にか部屋の中に、この世であなたと僕のふたりしかいないような変な空間が形成されていることに。

「裕くん、大丈夫。頸を、絞めて殺してあげる。いちばん好きでしょ?」

 そう言って清水センセは目を細めた。それを聞くだけで僕の中の希死が溢れそうになった。ああ、そうか。彼はこの一点で僕たちの間に誰かがなにものをも差し挟む余地のないことをわかってるんだ。首を絞めて、首を絞めてあげる、首を絞めて殺してくれる、首を、頸を、くびを…くびをしめて…殺して……頭の中に溢れかえるその言葉。リフレインしている、なんどもなんども。

「大丈夫、いつでもしてあげれるんだよ。無理な実験なんてすることないんだからね」

 希死ではち切れそうな僕の背中をさすりながら、彼の視線が下を向く。僕の渇望を彼が感じ取っている気がした。それを感じ取られたらもうどうすることも出来ないじゃないか? その目が潤んでいるのがわかった。この人はなぜこういう時に泣くのだろう。あなたの悲しみではない。それは僕の悲しみなのに。

「ごめんね、僕に気を遣って我慢させちゃったんだよね…ごめんね」

 泣きそうな清水センセの声で僕は我に返った。いや、違う、それはあなたが謝ることではない。

「先生…違います…僕がそうしてもらったんです…すみません」
「裕くん?」

 ようやく身体を起こして、清水センセに向かって座り直した。バカじゃないのか、僕は。これでは離脱症性の清水センセと一緒ではないか、服薬もしていないのに!

「すみません。実験が…不安で…不安で…正気をなくしてました」
「…いいの?」
「ええ。本当にすみません」

 僕はベッドの上で清水センセに土下座した。