清水センセは毎晩僕に電話をよこした。今日の解剖はどうだったか、自分は薬を忘れてないことや体調はまぁまぁだとか、メンタルも良くも悪くもないレベルだとか。必ず最後に僕を安心させるようなことを言ってくれるのだが、電話のせいで金曜日のことを毎日思い出すのも精神衛生には良くないのではないかという気もした。待ち時間て長いな…と今回僕はつくづく感じた。いつもその電話が鳴ると胸の奥が固まるようなえも言われぬ重さがやってくる。幸村さんと僕の関係を知っていてこうして僕とそのことに触れないように話している清水センセの気持ちを考えてしまう。彼のことだ、嫉妬の感情が不意に溢れてくることもあるだろうに。だいたい検案であの二人はよく会うだろう。その時に清水センセはどんな感情で幸村警部補と同じ空間に居るのだろう。苦しいだろうと思う。僕の知らないそれ。みんな苦しがっていた。頓服を常用するのはそういうこともあるだろう。既に半壊しているような彼の精神をさらに僕と幸村さんが蝕んでいく。そんな僕が彼に殺してくれと願い、殺してくれるなと願い、週末、彼のトラウマに刺さるような実験を手伝わせることになっている。だからといって、僕から逃げてくれなどという頼みごとを聞くような人でもない。僕がいなければ人生に意味がないと言われて、僕は彼の気が狂うことを承知で彼の生きる糧として目の前に現れる選択をする。狂いながら生きることを彼はどう思っているんだろう。

 “僕しか君を救えない。幸村さんじゃ、ダメだよ”

 思えば清水センセは、初めて会ったあの夜のあの一言でその関係についてを言及しきったと言えるのかも知れない。毎日掛かってくる電話の痛みの中で僕はようやくそれに気がついた。あのとき僕は戦慄し、そしてなにも言わなかった。言えなかった。動画と彼の告白で混乱しきっていたあの状態では、取り繕えるような言葉を考えて発することなど僕には出来るわけもなかったが、それを言われたことで完全に打ちのめされ捕らえられた感覚は覚えている。否定が僕の口から出なかったことで清水センセは答え合わせを終えたんだろうか。どうせ知っているのなら、僕がそれを自分の口から肯定するとか否定するとかを待っているのではないか、と考えたりもする。しかし、どうであれ、わかった上で今彼はこうしているのだ、否、僕と会うと決める前からずっと。それってどういう気持ちなんだろうか。理解できないその心情を一欠片も察することが出来ず、途方に暮れるような感覚になった。