「じゃあ、金曜日。決まりね」
「はい…お願いします」
「仕事終わったら電話くれる? 車で迎えに行くから」
「はい…おねがい…します」

 言い知れぬプレッシャーに押し潰されて、答えた僕の声は掠れて上手く出なかった。だが、清水センセはさっきまでパニクっていたとは思えないほどの冷静な声で僕を諭した。

「裕くん。大丈夫だよ。どうなっても大丈夫だよ。僕がトラウマに打ちのめされても、君の発作が終わらなくても、そんなこと僕らの人生の中で、ただの通常運転じゃない? お互い非道いこといっぱいあったじゃない? それでもここまで這いずりながら歩いてきたんだよ。僕も君ももう周りに振り回されるだけの10代の子供じゃなくてさ、いろいろ経験してきて大人になっちゃったんだから。世間からどれだけズレていようとも、僕らは僕らの文脈で願いを叶えなきゃ、ウソなんだよ。此処から先は誰も見たことがない道なんだから、怖いのは当たり前だって。僕だって怖くないわけじゃないんだよ。でももう、なんでもいいから答えが欲しいんだ。それが自分にとって都合の悪い答だったとしても…もうここで留まっていることのほうが…ツラくて…苦しいんだよ」

 狂人の放つ一瞬の真実に、僕は衝撃を感じた。土くれや瓦礫の間からヒスイの緑が一瞬光るのを見るような。そのあと自分の中の戦慄のいくばくかが消えたのを感じた。僕は凍死の彼が心底羨ましかったのは、自殺できたことだけではなく、僕が捨てられない何かを投げ打って一歩踏み出し、結論を得たから、なのかも知れない。その行為が正しいか間違っているかは置いといて。

「…参りました」
「え、なんで?」
「ブレないから」
「そんな…さっきまで錯乱してたんだよ?」
「薬でしょう? それって」
「…僕みたいな弱い人間にはそれも必要なんだけど」
「先生って95%くらい狂ってますけど、5%くらいは啓示みたいなこと言うんですよね」
「気の触れた巫女みたいなやつ?」
「まぁ、そんな感じです」
「いつもながら…言うねぇ、裕くんは」
「事実ですから」
「君を愛してるから、だろうな」
「そうですか。やっぱり頭おかしいです」
「そうかもね…それなら狂って良かったよ」

 フフッと清水センセは笑った。