「でもね、今回は違うんだ。そう思わない? だってあの男がいない。あの鬼畜な道化師に壊される君を見るわけじゃない。僕の部屋で僕の前で、僕を信じてそうなった君を僕は愛おしいって…そう感じるって、信じてるんだ。たとえそれがショッキングな光景だったとしても」
「たとえ、先生のトラウマに触れるような光景でも、ですか?」
「君は…君は僕に、自分の身体をなんとかして欲しいなんて迫ってこないだろ!? あの女みたいに!」
その振り絞るような声に僕は打ちのめされそうになった。もし実験が失敗して僕の発作が治まらず、清水センセが色々と準備した方法を試した後に、やはり手に余る状態のままだったら? 誰がどうやってその始末を着けられる? 確かに佳彦はいない。でも、僕のあれを終わらせられるあの人が関わらざるを得ない状況が来てしまったら…
「そんなこと…出来るわけ…ないじゃないですか」
「知ってるよ…君はそうやってその衝動を耐えて耐えて…そして、死にたくなるんでしょう?」
どっちにしろ不安は付いて回る。実験をしようが、しまいが。
「最終手段は、使っていいよね?」
「どう、しましょうか…」
首を絞めて僕を落とせばそれで終わる。僕の人生と同時に清水センセの社会的生命も終わるかも知れないだけで。幸村さんに頼らない方法はそれだけ。
「死なせないような処置はいくらでも出来る。君が躊躇していられるの? この後に及んで」
「…もう…無理です。でも先生に迷惑がかかるのはイヤです」
「ねえ、もうここまで来たら、自分たちに賭けようよ。この実験の相手は僕以外出来ないんだよ? 君を殺す覚悟があって、尚且つ殺さないような技術と知識と設備を持ってる人間は、今んところ僕しか居ないんだから」
「そう…ですね…それは…先生の言う通りです」
「その奮闘努力も虚しく僕が君を死なせてしまったとしたらさ、それはもう、そういう運命だったんだって。あの、この前週刊誌に載っちゃった例の凍死の男の人が、様々な死なない悪条件の中でも自死出来ちゃったのと変わりないよ」
まさに夕方考えていたそのことを言い当てられたみたいで、僕はハッとした。そうだ、追い詰められた僕は苦しくて耐え切れないところまで行ったのだ。
「人事を尽くして天命を待つ、ってこういうことなんでしょうか」
「いいこと言うね。実にピッタリな表現だと思うけど?」
「それなら…もう…しょうがないです」
ふぅ、と電話の向こうから安堵の溜息の音が聞こえた。



