「僕も…寝てなくて…」
「そうだったんだ。なにか不安なこととかある?」
「あります」
あなたと幸村さんのことが不安で不安で死にそうです。それは今はどこをどうやっても口には出せなかった。なにを言い訳にしようかと電話する前に考えたそれでどこまで誤魔化せるか。
「あれから、屍体の鑑定が…もし自殺だったらどうしようと思うと…職場で鑑定するのが怖いんです。実験の前に自殺の屍体を見るのが…」
少なくともウソではない。メインの不安と双璧と言っても良いくらいの不安だ。
「それで寝られなかったんだ」
「ええ。実際、今朝も鑑定が入っていて、目の前にするまで冷や汗が出るほど緊張して動揺してました。結局は自殺じゃなかったので、虚脱するほど安心しましたが」
「それは…早いほうがいいね、実験」
「ええ。もうこれをずっと背負って仕事するのかと思うと精神が擦り切れそうで」
「わかった。今週末は?」
「先生は大丈夫ですか?」
「僕は君が来てくれるなら今日でも明日でも良い」
「ありがとうございます。さすがに休みの前日じゃないと厳しいとは思いますが」
「それは僕もそう思う」
「じゃあ、今週の金曜日の夜にでも、どうですか?」
「定時で帰れるようにしておくよ。緊急のオペとか入らないように」
「出来るんですか?」
「うん。確保しておくよ」
「すみません。無理言って」
「君はいついかなる時も僕の最優先事項だから。これを無理なんて言うわけがないよ」
清水センセは完全にいつもの感じに戻っていた。
「先に言っておきますが、失敗するかも知れません。良いんですか?」
「僕が耐えられるかってこと?」
「はい…あの…恥ずかしいですが…ほんとに、ものすごく性的な状態になってしまうんで…もう知ってるんですよね。でも…知ってるのと実際に見るのでは、衝撃度が全然違うんじゃないかって…」
「かまわない」
「本当に?」
「それでも君が来てくれるなら、そのほうが良い」
「先生が傷つくかも知れないです」
「君のくれる傷なら僕は大事にする」
「…そんな」
「だって…もう…慣れてるよ…君のその…そういう……状態なら…」
少し震えた声で彼はそう言った。ああ、そうだった。清水センセは僕のそういう動画を観て僕を知ったのだから。そして嫉妬と怒りで気が狂うほど何度も何百回も。だが、少しの間のあとに、向こうから微かに鼻で嗤う声が聞こえた。
「は…いや、ウソ。慣れてなんかないな。毎回新鮮に…気が狂いそうだったっけ」
「ダメですよ…あの動画の頃はその発作は出てないんですよ? 動画より…何倍も酷い状態になります…トラウマのある人をそれに耐えさせるなんて…二人で使い物にならなくなったらそれこそアウトです」
「そうなのか…何倍もね…うん…わかった…覚悟しておくよ」
そう言うと清水センセは少し黙った。その沈黙がツラそうだったが、僕はそれを伝えたことに少しホッとしていた。聞かせたくないが、先に言うべき事実なのだから。しかし沈黙はすぐに破られた。



