僕を止めてください 【小説】



「そんなこんなで、その夜からまた薬再開。高校までしか住んでなかった実家に帰ってきて、しかもあの自分の部屋で寝起きするなんて頭がおかしくなりそうだったよ。しかたなく客間で寝泊まりしてた。でもなぜか父親だけは嬉しそうだったな。医者に看取ってもらえるって。父親は僕が医者になったことだけは評価してたみたい。まぁ世間的な権威主義的な満足だったんだろうけどさ……ああ、なんか効いてきたみたい。変な悪夢みたいな感覚がさっきより薄くなってきたよ。ありがとう、裕くん」
「あの、それ離脱症状かもしれないんで。気をつけて下さい」
「ああ、そっか。可能性はあるか。なんか2日くらい飲んでないかも…離脱症状ってやつを忘れてた」
「話し聞いてると、頓服として使ってない感じですよね、あれ」
「頓服だった、んだけど、君を見つけてから毎日レスキューだったから毎日頓服してたんだ」
「それはもう連用です。3ヶ月以上じゃないですか? その薬は断薬大変みたいですよ」
「知ってるよ」
「知ってるんなら良いですが」
「知ってるのに、言われるまで気が付かなかったのはマズいね」
「ええ、電話してくれて良かったです」
「そう言ってくれるとありがたいよ」
「僕もホントは先生に用事があって電話しようと思ってたんです」
「えっ?! 本当に?! なに? 僕に用事ってなに?!」

 いきなりトーンの違う声が耳に響いてきた。こんな状態の清水センセに言うべきことなのか、それとも言ったほうが良いものなのか判断できないまま、なし崩し的に僕は用件を話し始めてしまった。

「例の実験を早くしたほうが良いかなって相談なんですが、こんな離脱症状で苦しんでる先生に今お話するのはちょっと僕も、良いのかどうなのか…」
「ああ…ごめん。僕がしっかりしなきゃいけないのにね」
「いえ、離脱症状は多分、僕のせいです」
「え? なんで?」
「あれです…この前、無理やり先生にトラウマを聞き出したときにですね…先生がソラナックスを大量に飲む羽目になったのは僕のせいですから。さっき調べたんですよ、ベンゾジアゼピン系の離脱症状で、特にソラナックスは、高容量から服用をやめた時に離人感や非現実感が出たり、パニック症状が出るって」
「そうなんだ。添付文書には解離症状はなかったけど?」
「海外のサイトの訳があって、それにありました」
「詳しく調べてくれたんだね。ありがとう」
「いえ、僕の責任でもありますから」
「君は…悪くないよ。言って良かったって今は思えるから」
「でも、もう少しやりかたがあったと思います。僕の考え無しでした。すみません」
「違う違う。飲み忘れてるって自分でわかってなかった僕が悪い。舐めてたんだと思う…薬も、自分自身のことも。連用じゃない頓服だ、なんて言い訳にもなんないよ」
「それもあるのかも知れないですが、僕が先生のこと無理させたのは事実ですし」
「あの告白が無理じゃなくなる時なんて無かったさ。他ならぬ君がせっついてくれたから僕は踏み出せた。そういうタイミングってのはあるんだよ。だから君が気にすること無い。あのカタルシスがあって、なんか明くる日から気分良くなっちゃったのは事実で、それで薬を飲まなくて済んでたんだし。今日だって離脱症状だって見抜いてくれたことに感謝こそすれ、あのときの君を責めたりなんか絶対に僕はしない。だからこの話はもうよそう」
「すみません」
「それより、実験のことでしょ?」
「まぁ、そうなんですが」
「なんか、あったの? 大丈夫?」

 具合いの悪い人から心配されて、申し訳ない気持ちになった。