「こうなったの、初めてですか?」
「夢から醒めた夢は前は何度も見たんだ。小学校の頃から…あのトラウマ事件の後からだけど。大学になってから心理的な意味を調べたら、現実逃避、だって。そりゃそうだよね。起きたくなかったんだもん、あんな現実に。あとは蓄積した怒りって。大当たり」
「辻褄合いますね」
「とはいえ怖さが半端ないんだよ。一生目が覚めないかもっていう恐怖なんだけど。でもそれは母が死んでから見なくなった。その次に出たのは君を探して疲弊しきって絶望感が出始めてた時期で。また始まったかって思って、怖くて怖くて…眠る時にパニックになるんだ。不眠症じゃないんだよ。眠るのが怖くて眠くても眠れなくなる。それで薬を飲み始めたんだ。身体も参っちゃって、昼間からボーッとして仕事でミスした。血の気が引いたよ。患者に影響が出る前にリカバリーできたから良かったけど…それで自分がもうダメだって思って、生きてる人を診ないほうが良い、屍体を視たいって思ってアメリカに行ったんだ。君と医療と両方から逃げた」
「大変でしたね。逃げたのは正解だと思います」
「正解なのかな…完璧主義だった自分を裏切ったことが物凄くショックで…どんなに疲れてても仕事のミスはしなかったのが自分の支えだったのに、それが崩れてしまったら…もうダメだって思っちゃって…君を諦めようと思っている自分にも失望してた。それから精神薬がないと暮らせなくなった。でもアメリカに行ってしばらくして、行動療法のセラピストに運動を勧められて、それから少しづつ良くなってはいたんだよね」
「じゃ、なんでまた服薬し始めたんですか?」
「父の看護に帰ってきたのがキッカケ。アメリカでは僕は多少開放的だった。でも自分の実家だよ…悪夢の詰まった実家で、末期がんの父親の看護。久しぶりに帰ってきて、ドアを開けるのに全身冷や汗で10分以上僕は玄関に突っ立ってた。でももう、母親は居ないって自分に言い聞かせて、呼び鈴を押した。叔母が出てきたよ。自分でノブが回せなくて、ドアが開けられなかったんだ。叔母からはよく帰ったね、じゃなくてまず挨拶代わりに逆ギレされてさ。無責任この上ないバカ息子って。まぁそうなんだけど…自分の心理的な事情なんて言えるわけもないし、ごめんなさいって言うだけで精一杯だったな」
内容はいつものごとく深刻な話だが、清水センセの話し方がいつもの感じに近くなってきた。だんだん薬が効いて来たのだろう。しかし、こんな依存性の高い精神薬を彼はこのままダラダラ飲んでいて良いのだろうか。



