「…今日は午前中から忙しくてさ…昨日よく寝てないし…帰ってから着替えもしないでソファに倒れこんで寝ちゃったんだよね。夢を見ててさ、君がソファの前に立ってるんだ…嬉しくて声を掛けたのに全く声が出てなくて、もどかしくて何度も裕くん、って…そのうち自分の声で目が覚めて…でも目が覚めたのに全然現実感がなくて。君は居ないし、もしかして夢から醒めた夢を見てるんじゃないかって…それに…」
「それに?」
「僕はまだ小学生のあの頃のままで、今まで起きたことは全部僕の現実逃避の夢なんじゃないかって思い始めたら…母が死んだことも都合の良い僕の夢で、大学に行って医者になって家を出たことも、君の動画で君を好きになったことも、アメリカに行ったことも、帰ってきて君に逢えたのも…全部…全部夢だったのかも知れない…って…」
「それは怖いですね」
「そうなんだ…もう怖くて怖くて…君自体、夢の中の人だったんじゃないかって…錯乱してきちゃって…でも今もまだそれは拭い去れない。だって君と二人でしか会ったこと無いからさ…」
「まぁ、そうですが」
「必死に風呂場に行って鏡を見たんだ。そしたら僕はもう大人で、小学生じゃなかった。この家はもう父も死んで僕一人で…でも、どうやってそれを証明できるんだって…僕の夢の中で、まだ僕が夢から醒めていないだけだとしたら…それで自分の指を噛んだんだ。痛いなら夢じゃないって…でもなんだか感覚が変で…痛いのか痛くないのかわからなくなってきちゃって…気が狂いそうになって、君に電話しちゃったんだ」

 解離というのはここまで現実味が消失するんだと、そうなった人を目の前にして初めて知る。でも、まったく知らないわけじゃないな、この感覚。あの時だ…僕が高校生の時に、遠い市役所に除籍謄本を取りに行った、あの日からしばらくの感覚。自分の人生がフィクションになっていくあの浮遊感と非現実感。まったく同じではないんだろうけど。